真相という闇
その後、哲也からとある連絡が入った。今回の事件、浜野由奈に関する事だ。
オペレーションルームの大型モニターに哲也の姿が映る。
「公安七課の透鴇だ。浜野由奈に関する事だが、父親の方が突然交番へ出頭してきた」
「え?どういうことでしょう?」
いきなりのことに戸惑いを隠せない室長。そして私達もだ。
「浜野由奈の父親、
「まさか……」
「そう。殺された浜野由奈の部屋を徹底的に調べたら、あるハンディカム用のSDカードが複数出てきてね。中のデータは、正直目を背けたくなるものだったよ…… 孝が雅美に対し陰湿なDVを行っている様子が、まるで盗撮されたように記録されていた。動画データの各タイトルから、浜野由奈はそれを見て楽しんでいたとみられる…… 他にも父親との写真や動画データが数多く見つかった。中には人には見せられない性的なものもかなりあった。浜野由奈は再婚して父親を奪われたことが、己を狂気に走らせるほど許せなかったんだろう……」
「つまり、指輪の力で父親を操り、DVを行わせていた…… ということね。愛する人からの暴力は露呈しずらく、被害者には一番辛いことだわ…… 浜野由奈はそれを熟知した上で、犯行に及んでいた…… 怖いわね。人の心の闇というものは」
写真で見たときには、とてもそんなことを思いつくような人間には見えなかったが…… 吐き気がするほど恐ろしい話に思える…… NYPDの時にも後味の悪い事件は色々あったが……
「指輪の効果が消失したことで、父親も正気に戻ったらしいが、妻である雅美の方は心身共に酷いダメージを負っている。操られていたとはいえ、内情を公表も出来ん。雅美は訴えを起こしていないが、孝の希望で傷害罪として立件し、今後は罪を償うことになるだろう……」
そう言った話だった。いつも真実は歪だ…… 世間に公表されることは、都合良く訂正された情報のみ。真実がそのまま伝わることなど無い。それが都合の悪い情報なら尚更だ。
既にわかりきっている世の中の構造だが、いつも後味が悪く無力さと僅かな怒りが残り、心に降り積もっていく……
今回は被害者が、本来は許されるべきかもしれないが罪を背負った……
やるせない気持ちになる……
「さて、そろそろお昼よ。みんな気落ちしないで、美味しいもの食べて元気出しましょ」
そして私達は食堂に向かった。
2026年 09月16日 12時05分
UCIA日本支部捜査基地 グラウンドベース 食堂
「しっかしみんな揃ってお昼なんて久しぶりー。今日のメニューは何かなー」
「なんだか今日は特別メニューらしいよ。なにせ姫宮さんの復帰祝いも兼ねてるからね」
クリスと葉山が楽しそうに話す。そして奥からスティーブンがガラガラとワゴンを押してきた。
「ヘイ麻美! 復帰おめでとう! 今日のスペシャルメニューは特製ウナギ重だ。といっても本命は食後のスイーツ、スティーブン特製フルーツティラミスケーキだ。こっちをメインに作ったからウナ重は前菜と思ってくれ!」
いや、うな重が前菜で主食がケーキという発想がよく分からない。
「わ~! うなぎだ~! いただきま~す!」
クリスががっつく。葉山と神蔵、室長も黙々と食べ出した。
ある程度食べたところで、葉山が口を開く。
「しかし、これからどうする? 姫宮さんは今回のAWから完全に狙われているんだろう?」
「――それに関しては、教会からある提案があってな。俺と姫宮は捜査官という立場上、AWと接敵する可能性が非常に高い。そのため教会でAWと戦うための術を身につけたほうがよいと提言されている。これに関しては提案を受け入れるんだろう?」
と神蔵。
「そうね。神蔵は別として、姫宮は正直彼らにとって赤子も同然。しかも狙われているわ。戦う術を身につける必要がある。まあ私達も特別な力を持っている訳じゃ無いから偉そうなことは言えないけどね。ともかく今後は更に危険が増してくると思うわ。アルサード教会の協力は非常に心強いけど、私達も気を引き締めていきましょう」
そして私達は、美味しくケーキを食べた後、それぞれの持ち場に戻った。
2026年 09月16日 20時32分
都内首都高速 高速都心環状線(C1)
私と神蔵は車を出し、夜の首都高を走っていた。途中で買ったスタバのアイスコーヒーを飲みながら、わたしは流れる夜景を助手席から見ていた。
「……話とは何だ?」
「……そうね。何処から話したら良いかな……」
わたしは気乗りしない神蔵を引っ張り出し、夜の首都高を走らせている。もっとも神蔵も、私に聞きたいことが色々とあるはずだ。
「私が審判に何をお願いしたか、神蔵はもう分かっているんだよね……」
神蔵はハンドルを握ったまま、まっすぐ前を見ている。
「――視たわ。あなたが所属していた部隊で、あなたが何をやってきたのか……」
神蔵は少しの沈黙の後、口を開いた。
「俺がやってきたことは…… 許されることでは無いと思っている。いつかその罪を償う時がやってくるだろう……」
神蔵は戦っている…… 今はまだ分からないが、神蔵があの部隊に転属した何らかの理由がある……
「わたしはね…… 神蔵なりの理由があってのことだと思う…… あなたのことは、私が一番よく分かっているつもり…… だから、わたしはあなたを責めるつもりは一切無い……」
訪れる沈黙。しばらくした後、ナビゲーションの音声の後に再び会話を続ける。
「――わたしは、何があってもあなたを側で支え続ける。世界中が敵になっても、貴方と共に歩み続ける」
そう決めた。神蔵の闇は、私が払う。たとえ何十年かかったとしても、私が払うのだ。
「姫宮。俺は――」
その時、神蔵が急に苦しみ出す。
「ちょ、ちょっとどうしたの!神蔵!」
『ドライバーの身体異常が検知されました。オートパイロットへ移行します。繰り返します。ドライバーの身体異常を検知。オートパイロットへ移行します。緊急連絡先へ自動通報開始。繰り返します――』
「神蔵!しっかりして!神蔵!」
『緊急連絡先とコネクトしました』
神蔵は胸元を押さえ込んで苦しそうに呻いている。一体何があった!? もしかしてAWの精神攻撃か!?
『姫宮さん!葉山だ!なにがあった!』
「葉山!神蔵が苦しんでる!ベースで治療準備をお願い!」
『分かった!すぐ戻ってこい!遠隔で非常時モードを起動させる!しっかりつかまってろ!』
『エマージェンシーモード起動。スピードリミッターを解除。
そして車は爆発的な加速で高速を走り、グランドベースへと急行したのだった……
2026年 09月17日 02時41分
UCIA日本支部捜査基地 グラウンドベース オフィス
眠れなかった…… 私は一人、オフィスで溜まった雑務を行っていた……
あの後、医務室へ緊急搬送された神蔵だったが、30分ほどでその体調を回復させたようだった。葉山の診察では原因は不明で、ひょっとしたら何かしらの霊的な攻撃を受けた可能性もある……と言うことだった。
ただ、その可能性は低いと感じている。
仮に私がAWだった場合、あの状況で神蔵だけを狙うとは考えにくい。狙うとしたら両方だ。もし夢の中で視たような高度な魔法攻撃が現実世界でも行えるのなら、車ごと攻撃するだろうし、あんな中途半端な攻撃では終わらないだろう…… 多少苦しんだくらいでは車は止まらない。オートパイロットに切り替わることくらいは相手も分かっている筈だ。
分からない…… 色々と……
審判の声を思い出す……
”姫宮麻美…… お前は魔術の根源をなんだと捉える? お前は数奇な力が幾十にも編み込まれているな…… 実に興味深い。通りでこの私でも視えにくいわけだ……”
この意味は何だろう…… 何かの力が編み込まれている…… その何らかの力を狙われているのだろうか……
視えにくい…… これはつまり存在をなかなか察知出来なかったということか?
私の強い願いが、結果、審判を呼び起こし招いてしまったことに間違いは無い……
『オモシロイナ
審判から神蔵に放たれた言葉…… その力というのは後の言葉にあった、霊力や魔力を消費せずに力を行使できる能力。最も気になるのは、神蔵の背後にいる存在を仄めかした事だ。
その存在が、神蔵に能力を授けた…… 恐らくそれは間違いない……
特殊作戦部隊AASTナイトストライカー。神蔵が所属していた魔女の暗殺部隊…… 世界的に発生する白骨化事件…… 結局の所、浜野由奈を殺した犯人はまだ捕まっていない。世界中に魔の力を崇め、願いが叶うことを望む者達がいる……
誰だって願い事が叶うのなら…… 叶えたい。
わたしですら…… 最終的には願い事を唱えてしまった……
おそらく…… この日本にも、本国のナイトストライカーに該当する部隊が存在してもおかしく無い…… 秘密裏に幾多の人間が犠牲になっていても何ら不思議では無い……
『……麻美。貴女がこの時の中で、罵られ蔑まれたことは、私がよく分かっている。その正義と平和を愛する尊い心を傷つけられたことも…… 我と共に来い。一緒にこの歪み淀みきった世界を正そう。本当にか弱き者が救われ、誰もが平和に暮らせる世界を作るために』
響く…… 審判の言葉が……まるで私の心に杭を打ちつけるように……
『……ヨカロウ。今回は退くガ…… オマエは必ず我が元ヘクル。ヒメミヤアサミ。その時を楽しみにシテイルゾ……』
あの時垣間見た魔性のような微笑み…… あの方は、未来の私の姿が視えているのだろうか……
ハッっとする。私は今、心の中でなんと言った…… ちがう。
デスクから立ち上がり、隅にあるパウダールームに向かう。
考えれば考えるほど深みにはまっていくような気がする。深夜の考え事は危ない。化粧を落として寝よう……
私は全身鏡の前に立つ。
ソレを見た途端、私の体は凍り付いた……
鏡の中に、ソレは立っていた…… 真っ黒なドレスのような法衣に身を包み、私を冷たい瞳で見つめている……
『オイデ…… ワタシハアナタ…… タダソウ…… コノケガレタセカイヲ……』
鏡の中の私は、ゆっくりと手を伸ばす…… そして薄らと微笑んだ……
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます