戻りし現実
2026年 09月02日 11時38分
千葉県千葉市 聖アルサード教会 地下礼拝堂
ふと目が覚めた……
なんだか長い夢を見ていたような気がする…… 只どういう訳か酷く体が痛く、そして重い……
「麻美! 麻美!」
クリスの声がする…… よく目を開くと、私は何かの台座に寝かされていたようで、白いシーツが掛けられていた。そして周りには、クリス、室長、葉山、そして朝霧さん、上條の姿もあった。朝霧さんと上條は、教会の法衣を身に纏っている。
「良かった…… 麻美が目を覚ましてほんとに良かった……」
クリスは涙で顔がぐしゃぐしゃになっていた。
「クリス…… 私は一体……」
その時、朝霧さんがゆっくりと歩み寄ってきた。
「無事に戻ったようですね…… 貴女はAWから夢の中に侵入され、
「精神攻撃…… あの
「貴女が夢の中で体験した出来事は、夢でもあれば現実とも言える。ですのでこの場合は、現実と受け入れた方が良いでしょう…… あと少しだけ、私の忠告を守っていればこのような危険な目には遭わなかったはず。貴女の心の弱さが――北條さんと神蔵さんまで危険な目に遭わせてしまったのです」
……確かに、あと30分、朝霧さんの忠告を守っていれば……
「あ、あの! 神蔵と北條さんは?」
「――安心して下さい。貴女より先に目を覚まし、今は
「良かった……」
私はようやく体を起こす…… まだ頭がハッキリしないが……
朝霧さんの言葉。言葉遣いは穏やかだが…… やはり怒っているのだろう…… 彼女の忠告を聞かなかった私の行動が、危うく二人を死なせかけたのだ…… わたしは朝霧さんの何処かしら冷たい瞳を見る。
「ごめんなさい…… 貴女の忠告をちゃんと聞いていれば、こんなことには……」
心からの謝罪を述べようとするも、言葉が続かない……
自分の不甲斐なさに…… 涙が出る……
「姫宮さん…… 確かに貴女の行動が二人を危険な目に遭わせたのは事実でしょう。私が間に合わなければ恐らく貴女は闇に落ち、二人も助からなかった。ですが、今はこうして3人とも無事にこちら側に戻って来ることが出来たのです。まずはそれを喜びましょう」
朝霧さんが優しく微笑む。
「姫宮嬢…… 女神アルサードは、『我々は助けなければならない。我々は許さなければならない』そう仰っています。貴女が
上條は静かにそう言った。
「もうひとつ。――以前は申し訳ありませんでした」
(あの時のことか……)
「いえ…… 朝霧さんに行ったことは、私も反省をしております。お顔を上げて下さい」
あの時とは、まるで顔つきが違っていた。慈愛に満ちた優しい顔をしている。とても私の顔に平手打ちをし、更に裏拳まで叩き込んだ同一人物には見えない……
「朝霧様、そして上條様、今回はこちらの緊急な申し出を受け入れて下さり、誠にありがとう御座いました」
室長が深々と二人に頭を下げる。葉山とクリスも二人に頭を下げた。
「礼には及びません…… こちらとしても今回の事件で色々と収穫がありました。UCIAの皆様には、こちらとしても感謝をしております」
上條はそう言った。
「――我々アルサード教会は、女神アルサードの教えを広める事だけがその務めではありません。世界は今混迷を極め、弱き者達に全てのしわ寄せが向かっています…… 弱者が搾取され、虐げられ、そのような歪んだ世界の中で、人の心は大いなる闇に飲まれようとしている…… 我々は、闇に犯された人々の心を払う事も、その責務としているのです」
「
「――はい。世界的に悪霊が絡む事件が、かつてより頻繁に起こりつつあります。ここ日本においては、霊的な地場がかなり乱れている…… 危険な状態に陥りつつあると我々アルサード教会は見ています」
上條は室長を見つめながら話す。
「今回の事件で、UCIAの皆様と縁が持てたのは、女神アルサードのお導きでしょう。AWを脅威と感じているのは、我々も同じです。そのため今後は私達と手を取って頂きたい。今回のことで彼女らの背後には強大な力を持つ者がいることも判明しました。このままでは――再び姫宮嬢も危険に巻き込まれる事でしょう。我々はAWと戦う術と力を持っています。お力になれるはずです」
「――確かにそれは心強い。ですがまずは本国の許可が無ければ今は――」
室長がそう言おうとした時、奥から誰かがやってきた。
「
奥からやってきたのは哲也だった。左右に九条と水原の姿もある。
「透鴇課長。さすがに動きが早い。色々と助かります」
と室長。
「礼には及びません。しかし今回の件は本当に心配しました。麻美の身は、人一倍心配でしてね」
そして哲也がゆっくりとこちらに歩いてくる。
「無事で良かった、麻美。完全に回復するまではまだ当分かかる。教会にはこちらからも当分保護するよう頼んでおいた。今はしばらく療養に専念するといい。見舞いは毎日来る。必要なものは何でも言ってくれ」
距離が近い。申し出は嬉しいが彼氏のような振る舞いは恥ずかしすぎる。勘弁してほしい。ん? 保護?
朝霧さんが口を開く。
「――姫宮さん。貴女はあのAWに完全に狙われています。今はまだ回復もしておらず、敵の出方も分からない状態です。そのため当分はアルサード教会が貴女を保護します。
「AMGEというのは……?」
「Alsard Messiah Guardian Exorcist. 頭文字を略して
深夜に教会に出入りしていた女学生達。なるほど。これが理由だったのか…… おや、人数は全部で6人だったはずだが……?
「――今はともかく、ゆっくり休んで下さい。もうしばらくしたら、暖かいベットへお連れしますね」
そして私は、もうしばらくの間、眠りにつくのだった……
2026年 09月16日 8時32分
UCIA日本支部捜査基地 グラウンドベース オペレーションルーム
あれから約二週間が経った。体調も今ではすっかり回復し、多少体がなまっているくらいだ。翌日にはある程度動けるくらいまでは回復していたが、教会は
教会での保護中は、北條さんが翌日から頻繁に顔を出してくれた。哲也も夕方に必ず顔を出して、頼みもしないお土産を買ってきてくれた。それをよく食べていたのは北條さんだったが……
『透鴇さん。とても優しい方なんですね』
そう察するように言った彼女。とても勘が良いように思う。
教会からの車で、グラウンドベースへ戻った私は、オペレーションルームに向かう。とりあえず、皆には心から謝罪しなければならない。今回の事件の影響からか、私の捜査官権限の停止は本日で取り消され、再び捜査官として復帰した。
「おはようございます」
オペレーションルームには、室長を除く皆がテーブルに座っていた。
「麻美おかえりー! やっと復帰だねー!」
クリスが飛びついてくる。とても嬉しそうだ。彼女には一番心配をかけたかもしれない。
「おかえり。姫宮さん。保護中は無事で良かった。あんな事があったんだ。みんな心配だったんだよ」
葉山が心配そうに言う。皆には本当に申し訳ない。
「みんな、色々と心配をかけてごめんなさい……」
神蔵は静かにコーヒーを飲みながら、俯いている。現実に戻ってからは一言もそう言えば話していない。教会で療養中も、彼は一度も面会には来なかった……
その時、遅れて室長が入ってきた。
「みんなおはよう。姫宮、もう体調は大丈夫?」
心配そうに私の顔を見る室長。
「はい。もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「そうか。なら手加減無しでいいな」
(!?)
室長はそう言った瞬間、私の顔を思いっきり平手打ちした。そして更に裏拳が入る。
途端に静寂が走る…… 頬が痛い…… 思わず倒れそうになったが、なんとか堪える。
「姫宮…… 何故私が手を挙げたか――分かるか?」
「…………」
なんとなく想像はつく…… だが言葉が上手く紡ぎ出せない……
「お前が今感じている痛みは…… お前から信用されなかった私達の心の痛みだ。何故、指輪のことを話さなかった? 何故私達を信用しなかった……?」
「…………申し訳ありません」
情けない…… それしか言葉が出ない……
「――お前の様子がおかしいと最初に気づいたのは神蔵だ。それからすぐに悟られないよう皆で気を配った」
クリスが口を開く。
「ロータリーでの朝霧さんとの会話。麻美には悪いけど、監視カメラの映像から口元の動きをVARISで解析して何を話していたか分かったの。それから私達は麻美が話してくれるまで待った。麻美が願いを唱えなければ、その後に話を聞こうとも思ってたから……」
「……みんな本当に心配だったんだよ。姫宮さんの自室は悪いがクリスがモニターしてた。ベットに倒れた瞬間、僕が姫宮さんの部屋へ行ったが反応がなかった。だから前もって手配していた車に乗せて、教会へ急行したんだよ」
「前もって……手配?」
「――俺が何年お前と一緒にいたと思ってる? お前の様子がおかしかったのは一目瞭然だ。朝霧の店に行ったときからな。朝霧との会話を確認した後で、教会へ独自にコンタクトを取った。お前が万が一行動に出るなら、いつも制限時間ギリギリだ。教会側ですぐに退魔に入れたのもその根回しがあったからだ」
神蔵がそう言った。
「――姫宮。お前が反省すべき点は三つ。一つ目は私達チームを信頼せず、重大な事態を何一つ話さなかった。二つ目は勝手なスタンドプレーに走り、皆に心配をかけ神蔵と北條を命の危険に晒した事だ。これが戦場なら部隊は即全滅だ。今回は運もあるが仲間が最大限フォローし合った結果、本当に運良く命が助かっただけの事だ。正直奇跡と言っていい」
室長の言うとおりだ…… 結果的には私は仲間を信じず、あまつさえ神蔵と北條さんを命の危険に晒した…… わたしは一捜査官として失格といわれてもおかしくないミスを犯した…… どんな処分でも受ける覚悟は出来ている……
「最後に三つ目。――なんだか分かるか?」
「…………いえ……分かりません……」
室長は一呼吸置いて言った。
「――可愛い顔はもっと大事にしないとダメよ。と、私が言ったことをもう忘れたのか?」
(え……?)
突然の言葉。一瞬頭が真っ白になる。
そして室長は私を優しく抱き寄せる。
「――たった一人で、よく頑張ったわ。ホントに怖かったでしょうに。よく帰ってきてくれた。帰還を心から嬉しく思う。姫宮」
室長の優しい声。その抱擁で、私の心の何処かでせき止めていた感情が溢れ出す。
「わたし……わたし…………」
涙が溢れ出す…… 言葉が出ない……
私は馬鹿だ…… こんなにも心配してくれていた仲間がいっぱいいたのに……
誰にも相談できなかったなんて…… 思い違いも甚だしい……
「麻美。みんな一緒だよ。もうひとりで、抱え込まないでね……」
いつの間にかクリスも釣られて泣き出していた。
「泣きたいときは泣いていい。素直に私の胸で泣きなさい。あとちゃんと平手打ちはガードしなさい。若干遅くした裏拳も見事に入っちゃって…… 女の顔は最大の武器なんだから。大事にしなさい」
そして私は、室長の暖かい胸の中で、しばらく号泣していたのだった……
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