再会

 ――射撃訓練場。食堂の隣に位置する場所だが、室内は広大だった。広めのシューティングレーンは10レーンあり、奥までの距離はおそらく100メートル以上あるような気がする。深い地下にこれだけの空間があるのに驚いた。


「今日もやってるねぇ」


 訓練場には、すでに室長がやってきていた。明らかに一般ハンドガンとは違う射撃音。その隣のレーンで同じように銃を構え、連続で射撃する男がいる。


「うはー、ちょっとこれしばらく終わりそうに無いかなぁー」


 ものすごい銃声が連続で響き渡る。室長と隣の男が撃っている銃はおそらく同じ物だ。一般的な9ミリパラベラム弾の発射音ではない。お互いがほぼ同じタイミングで素早くマガジンを交換して再び射撃を始める。


 葉山さんが両手を広げ、呆れたようなポーズを取る。何かを言ったようだが銃声が激しくて何を言っているのか分からない。苦笑いをしているクリスさんが、イヤーマフ(銃声を軽減するヘッドホンのような耳当て)を手渡してくれた。


(すごい、射撃音がほとんどしない……)


 イヤーマフを装着すると、驚くレベルで射撃音だけがほぼマスクされた。


「最新の電子式イヤーマフです。右側面のダイヤルで消音レベルを変更できますー。左側面のダイヤルで通話ボリュームの変更が出来るので、お好みのセッティングにしてくださいねー」


イヤーマフ自体に集音マイクが付いているようで、耳当てから直接クリスさんの声が聞こえてきた。


「この二人、勝負し始めるとなかなか終わらなくてね。まったく、高価な50AE弾を惜しげも無く使ってくれる……」


 呆れたような声でぼやく葉山さん。50AE弾ならおそらく使っている銃はデザートイーグル50AEだろう。レーン台に並べられていると思われるマガジンを次から次に交換し、連続で射撃していく。よく見るとレーン後ろにある壁のモニターに何やらデータが表示されている。射撃音と同時に数値が変わっている。自動採点されているのだろうか。


(――やっぱり、神蔵だ!)


 壁のモニターに、ハーディ室長と神蔵の名前が表示されていた。スコアは二人ともほぼ互角。若干室長が優勢なようだ。銃声と共にスコアが蓄積されていく。


(神蔵! 頑張って!)


 そして最後のマガジンを撃ちきったのか、二人の銃声がほぼ同時に終わった。


「惜しいー。あと3点で室長と引き分けだったのに-」


 スコアは1400対1397。おそらくは7発入りマガジンを20本使いどれだけ早く正確な射撃を行えるかの勝負だろう。正確にクリティカルを狙えれば10点と仮定すると、室長はパーフェクト。神蔵は微妙にずれた射撃があったのだろう。射撃反動の大きいマグナム弾でこれだけのスコアを出せるとなると、二人とも凄まじい集中力と射撃精度だ。


「――ごめんなさい。待たせたわね」


 勝利の余韻だろうか。にこやかに微笑むハーディ室長。神蔵はクールに振る舞ってはいるが悔しそうだ。


「……久しぶりだな。姫宮」


 また背が伸びた… というのは気のせいだろうが、流石に身長が184cmもあると大きく見える。ただ一年半前より少し痩せたように感じた。瀕死の重傷から奇跡的に回復したのだから、まだ筋肉量も戻っていないのだろう。頬も若干こけているように思える。


ただ、なんだろうか…… 雰囲気がガラリと変わったかのように感じる…… この近寄りがたさは一体……


「さあ、射撃訓練を始めるわよ――」


 神蔵と言葉を交わすのを遮るかのような室長の言葉。レーンにつき、銃を構える。渡されたのはM17だ。カラーがマットグレイなのは通常の仕様とは微妙に異なるのだろう。FBIで使っていたのもこの銃だ。17発入りのマガジンが台に10本。先ほどの室長と神蔵の勝負のように、いかに早く正確な射撃を行うかという訓練のようだ。FBIアカデミーでも、銃器を扱う訓練はイヤというほど行ってきた。ターゲットは50m想定。レーン奥の上下の投射装置と思われる箇所から人型のホログラムが表示されており、弾丸が通った場所で採点されるシステムのようだ。


「初め!」


 室長の合図と共に、各自一斉に射撃を始める。すぐに感じたのは皆との射撃間隔の遅れだ。わずかに遅い。わずかな遅れが段々と大きなズレとなっていく。


(――みんな速い!)


 あっという間にマガジンを撃ち尽くし、素早くマガジンを交換する。だが明らかにマガジン交換が遅いのが分かる。徐々に遅れを意識し始めるとそれが焦りへと変わっていく。余計な力が入っているのか微妙にリコイル(射撃反動)が制御できない。



 ――終わった。全てのマガジンを撃ち終えたのは、私が最後だった。明らかに神蔵の射撃が頭一つ飛び抜けて速かったのは分かっていたが、葉山さん、そしてクリスさんも予想以上に速かった。決して甘く見ていたわけでは無いが、ここまでの実力差を見せつけられると、愕然とする。


 レーンの後ろのモニターに目をやると、それぞれのスコアが表示されていた。神蔵は1700点でパーフェクト。葉山さんは1586点。クリスさんは1511点だ。


(私は、1381点か……)


「さあ、2セット目始めるわよ」


 射撃訓練はその後も続いた。1セットで170発。それを10セット行った。その後はアサルトライフルであるHK416に持ち替え、30発入りマガジンを10個、それが1セットだ。それもハンドガンと同じく10セット。それをフルオート射撃で行う。アサルトライフルの1セットの理論上限値は3000点だ。


 ――結果は散々だった。ハンドガンを全て撃ち尽くした時点で既に手は相当に痛くなっており、感覚がおかしくなっていた。グリップを握る両手も上手く力が入らない。適切な間を置いて射撃するのと、可能な限り素早く連射するのでは訳が違った。


 そんな状況でまともにアサルトライフルが撃てるはずも無い。体を使ってフルオート射撃のリコイルを上手く押さえ込もうとはするものの、どうしても銃身がブレる。セットを重ねるごとに疲労が蓄積され、皆スコアは低下していくものの、神蔵は2800点以上を常にキープし、葉山さんは2400点以上をキープしていた。クリスさんは疲れで、終盤に大きくスコアを低下させていたが、それでも2100点以上はキープしている。


「――射撃訓練終了。葉山はもうちょっと頑張ってほしいわね。クリスも体力が無いからもっと励みなさい。で、姫宮――」


一呼吸おいて、ハーディ室長が言った。


「あなた、そんなレベルだったら死ぬわ。そもそもマガジン交換が致命的に遅い。疲労で命中精度が著しく落ちているのなら、何故もっと発射間隔を開けてよく狙わないのか。だからこんなスコアになる」


(……室長の言うとおりだ。みんなのペースに必至に付いていこうとして私……)


 ハンドガンの7セット以降から、スコアが急激に落ち始め最終セットではスコアは872点。アサルトライフルは30発マガジンを10個、1セットで300発だ。理論値で3000点が上限だが、フルオート射撃のためハンドガンよりブレやすい。言い訳にはならないが、最初のセットから既に2000点にすら届かず、1800点代からセット重ねるごとに命中精度が落ち、最終セットでは752点と目も当てられない……


「姫宮、おまえは基本がなっていない。まずは集中して狙え。速さは二の次だ。しっかり休憩を挟んだ後に鍛錬しろ。神蔵、姫宮の射撃指導を頼んだわ」


「――了解」



 ――休憩のため食堂へ再び戻った。手の感覚を少しでも戻したい。自販機でアイスレモンティーを買ってテーブルに座る。葉山さんとクリスさんはそれぞれの仕事があるため持ち場に戻った。


(ダメだな私…… もっと冷静にならないと……)


 射撃訓練のスコアもそうだが、何より冷静さを欠いていたことが許せなかった。皆のペースに無理に合わせずに自分のペースで射撃できていれば、室長の言うとおりあんなスコアにはならなかったはずだ。


(今思えば、神蔵が姿を消してから、仕事も集中できなかったし、射撃訓練もたいしてやってなかった……)


 己の未熟さを痛感する。神蔵の背中に憧れていたのもあるがNYPDやFBIに入ったのも、国家を守り、凶悪犯罪を未然に防ぎたい。たくさんの人が安全な社会生活を送れる世の中にしたい。そういった思いがあったからだ。


幼き頃に体験した、同時多発テロ事件。もう二度と、あんな事件を起こしてはならない。


 だが今の自分はどうだろうか? 端から見て胸を張ってその責務を全うしているように見えるだろうか……?


 冷たいアイスレモンティーを半分ほど一気に飲み干す。相当に喉も渇いていたし、汗もかいていた。


 室長の言うとおり、今の私のレベルでは話にならない…… もっと職務に集中しないと。


 神蔵のことがずっと気がかりだったが、大分回復してきているようで相変わらずなことは分かった。色々と話を聞きたいことは山々だったが、おそらく聞いたところで答えはしない、いや、出来ないだろう。神蔵はおそらくFBIからとある機関に転属した後、


 神蔵の性格はよく分かっているつもりだ。絶対にそんなことを部外者に喋る人間では無い。


 何があったのかを調べるには独自に動く必要がありそうだが、UCIAの任務も非常に機密性が高い上に危険という事だ。神蔵のことはおそらくCODE:AWが密接に関わっていると強く感じる。


今は出来る限りのことをやって、UCIAの任務に集中するしか無い。自ずと神蔵に何があったのかも分かってくるはず……


 そう思った私は、残りのアイスレモンティーを飲み干した。



 ――再び射撃訓練場。心を落ち着かせてM17を握る。おそらく室長がここまでの射撃訓練を行わせているのは、UCIAの任務が相当に危険だからだ。ハンドガンはまだ良いとして、アサルトライフルのフルオート射撃をあんな回数行わせるのは一捜査機関としては考えられない。1セットでの総弾数は300発。それを10セット。3000発も一度の訓練で連続射撃させるなど聞いたことも無い。米軍特殊部隊でもかなりの数の実弾を使うのだろうが、それに匹敵するのでは無いか?とも思ってしまう。


(私は…… 負けない!)


 トリガーを引く。乾いた発射音が響く。1発1発に正確な狙いを定め、トリガーを引く。


 よく見るとレーンに設置されている台に、射手用小型モニターが設置されている。いつの間にかに私のデータが表示されており、先ほど行った射撃データも明確に記録されていた。


 命中率を確認しながら、1発また1発と射撃を繰り返す。


(!?)


 気がつくと真後ろに神蔵がいた。思わず驚く。


「ちょっと、いきなり後ろに立たないでよ!」


「声は掛けたぞ。気がつかなかったのはお前だろう」


 無愛想な表情で、神蔵は射撃を観察していたようだ。射撃に集中していたからか、声を掛けられたのが全く分からなかった。


「ちょ、ちょっと……」


 突然、神蔵が私の右肩に手を回してきた。いきなりの行動に慌てふためいてしまう。


「いいか。お前はリコイルを制御出来ているようで出来ていない。撃つ直前、そして撃った瞬間にも銃口が上がりすぎている。修正にもたつくから次弾の発射が遅れ、命中精度が落ちるんだ」


 神蔵が銃を構える私の両手に左手を添える。ブラウス越しにでも背中に神蔵の体温を感じる。耳元で囁くように心に響く神蔵の低い声。


(――ちょっと、何ドキドキしてるのよ私は! 卑怯だよ神蔵!)


 心拍数が急激に上がるのが分かる。過去の経験にここまで神蔵と至近距離で肌が触れたことは無かった気がする。


「俺が上から左手で銃を抑える。お前はそのまま狙いを定め、トリガーを引け」


 神蔵の左手が、私の手に触れる。思ったより長い指のようで手も大きい。力強く包み込むようなその左手と、距離の近さが心拍数を跳ね上げている。


 恥ずかしいような何とも形容しがたい気持ちの中、必死の思いで狙いを定め、トリガーを引く。


的にクリティカルヒットする。驚いたことにまったく銃身がブレていない。


(神蔵の左手が、リコイルを完全に抑えている……)


「マガジンが空になるまで撃て」


 次々とトリガーを引く。完全に銃身がブレていない。弾丸は次々にクリティカルヒットし、あっという間にマガジンが空になった。


「自分に足りないものは分かったか? ――精進するがいい」


 神蔵はM17を私に手渡す。


「――ありがとう」


 一瞬の出来事だったが、足りていないのは主に左手のホールド力だ。無意識に銃口が上がっていたのには気づかなかった。素直な気持ちで感謝したい。


「――姫宮」


 神蔵が静かに口を開く。


「――何?」


「――俺を気に掛けてUCIAに来たのなら、明日にでも本国へ帰れ。――ここはお前のいるべき場所じゃ無い」


「…………」

 

 静かに神蔵はそういった。突然の言葉に、一瞬思考が停止する。表情と声のトーン。その言葉が身を案じてくれているのか、足手まといなだけという事なのか、よく分からない。


 ただ、ふつふつと湧き上がる感情。それはやり場の無い怒りだ。


「……ふざけないでよ。今まで何回わたしが貴方の命を救ってきたと思ってるの?みんなに何も言わないで、いきなり居なくなって…… 連絡も取れないし心配するのは当たり前じゃ無い!」


 思わず本音が出てしまう。神蔵には言えない事情がある。それを分かってはいるが湧き上がる気持ちが抑えられない。


「……確かにお前のに過去、何度も助けられたことは感謝している。だが――」


 一呼吸置いて、神蔵は言った。


「足手まといだ。俺はもう、何も失いたくないんだ……」


(…………)


 何も言い返せない…… UCIAは、室長も、葉山さんも元NavySEALs。クリスさんも元は宇宙軍の情報スペシャリストだ。施設の規模からもおそらく管轄は国防総省ペンタゴンだろう。ただ、このまま涙をながして『さようなら』なんて言えるはずも無い。NYPDからFBIアカデミーでも、血の滲むような努力をしてきてた。何度も涙を流して、這いつくばりながらここまで来たのだ。


「……私は負けない。貴方にも、職務にも。足手まといなんて言わせないから!」


 精一杯の強がりだった。自然に涙で視界が滲む……


 ――少しの間、静寂が訪れる。私は涙のにじむ両目で、神蔵を見つめたまま動けなかった。しばらく見つめ合った後、神蔵は視線をそらした。


「……勝手にしろ」


 そう言い残して、神蔵は静かに射撃訓練場を出て行った……


(……ふざけないでよ。私の気持ちも知らないで……)


 一人だけの射撃訓練場。悲痛な思いで叫ぶかのような銃声が、何度も私の耳に木霊していた……

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