第3話 「危機一髪」

 もう、お花畑の中を駆け回っているようにしか思えないほど、私の頭の中は運命の人と結ばれる結末しか妄想できなくて。自己最高速度でグランドにたどり着くと、陸上部の用具庫の近くで運命の人を発見した。

 「出会った時からずっと気になってました。僕以外の男子と仲良くする姿を見ては焼きもちを焼いてしまい、もう見てるだけなんて出来ません。好きです。僕と付き合ってください」

 「はい」

 私の目の前で告白していたのは運命の人で、告白されていたのは藤本の元恋しい彼で。運命の人が差し出した手を笑顔で握ったって事は、二人は相思相愛だと言う事で。私が運命の人と結ばれるという妄想は、木端微塵に吹き飛んでしまった。

 「城崎、早すぎる…。って、どうした!金縛りにでもあったように固まって」

 運動神経はそこそこいい藤本が一足遅く私に追いついたのだが、幸せな結末が木端微塵に吹き飛んだばかりでフリーズしている私を見て、驚きの声を上げた。

 「えっ!城崎さん?どうしてここに?」

 運命の人はたった今結ばれた相手の手を握ったまま、私の存在に驚いた。

 「運命の人が、運命の人じゃ無くて。その人が恋する相手は、女じゃ無くて男で。そもそも私なんて恋愛対象でも無くて。もう、終わりよ!」

 私は藤本に呟くように説明すると、回れ右をしてまた全総力で駆け出した。

 「待て!城崎。あっ、芦屋!城崎を確保しろ!」

 「えっ?何?うわっ、待て、城崎」

 やっと追いついた芦屋に、抱きしめられるように行く手を阻まれて、私は芦屋の胸の中で涙を流した。

 「恋する二人が結ばれるのは喜ばしい事だ。私たちの事は気にせず、末永くお幸せに」

 私の背後で藤本は、運命の人に祝辞を述べると、私と芦屋の元に駆け寄った。

 状況を察した芦屋は、私と藤本の手を掴んで、カラオケボックスに連れて来た。

 「さぁ、歌え城崎。今日は、恋も涙も枯れるまで歌うぞ!」

 芦屋がいれた曲は「さよなら大好きな人」

 今の私にピッタリすぎて、タイトルだけで泣ける。涙で震える声が声にならない私を支えるように、隣で藤本が音程の外れた歌声で同じようにマイクを握り、涙を流しながら歌っていた。

 さよなら私の恋。さよなら私の運命の人。さよなら大好きな人。

 泣きながら歌う私の涙と鼻水を、芦屋はいつも鞄に入っている柔らか素材のポケットティッシュで拭きながら、声を詰まらせて歌う私の背中を優しく撫でてくれた。

 パーソナルスペース0mmの距離は、何よりの優しさだった。

 「ちょっと待った!」

 梅雨時の玄関のように、しんみりじっとりしているカラオケボックスに、勢いよく入って来たのは、心の中でさよならを告げた運命の人。

 サビに入ろうとしたカラオケを止めて、私の目の前に立った。

 「何だ、もういいだろう。城崎をこれ以上傷つけないでやってくれ」

 「そうだ。これ以上城崎を苦したいのなら俺が代わりに苦しむから、もう、勘弁してくれよ」

 藤本と芦屋は私を守るように私の前に進み出た。

 「俺が好きなのは、城崎さんなんだ」

 えっ?

 今、何とおっしゃいました?

 私は藤本と芦屋を押しのけて、運命の人の顔を見た。

 「受験の日、電車で見かけた時から気になってて、入学式の朝に肩がぶつかった時に運命を感じて、部活見学に来た時、僕に気づいて欲しくて円盤を転がしたけど、藤本さんみたいには仲良くなれなくて。みんなと仲が良くて、みんなに好かれている城崎さんと話が出来た時は、とろけるくらい嬉しくて。でも、芦屋君と距離感0でふざけてるのを見ると、嫉妬しちゃって。それが、他の男子どころか、女子の藤本さんまで羨ましくなっちゃって、あぁ、もうこれは末期症状だなと思った。さっきのは、友達に告白の練習に付き合って貰ってたところだったんだけど、何だが誤解されてるみたいで。こうなったら振られてもいいから、ちゃんと僕の気持ちを伝えたくて」

 これは、夢では無く現実なのかな?私は思わず芦屋の頬を抓った。

 「痛って!自分の頬を抓って確かめろ」

 痛いらしい。しかし、念のためもう一度、藤本の頬も抓ってみる。

 「痛いっ!これは夢でも幻でもないぞ。現実だ、リアルだ城崎」

 現実だ。夢にまで見た現実だ!

 「僕と、付き合ってもらえませんか」

 「はい!喜んでっ」

 運命の人が差し出した手を間髪入れすに両手で掴み、承諾の返事をした。

 「やった!やったぞ城崎!」

 「やった!やったな城崎!」

 手を握りながら熱い視線で見つめ合う私たちの周りを、小躍りしながら喜んでいる藤本と芦屋は、それぞれマイクを握ると、曲を入れた。

 「では、城崎と運命の人の門出を祝して、友人一同が捧げます。『Butterfly』」

 藤本はいつものように音程を外しているが、芦屋が正確に歌うので奇跡的にハモって聞こえて、私と運命の人は顔を見合わせて微笑んだ。

 私の恋は、友達を巻き込みながらスタートして、失恋したと思ったら危機一髪でハッピーエンドに転換した。

 私が発症した恋の病は、運命の人が作り出した恋のウィルスに感染したのかもしれないと思うと、幸せ過ぎて涙が出る。そうなると、やっぱり藤本と芦屋が感染した恋のウィルスは私がうつした事になるのだが、それはまだ、秘密にしておこう。




 

 


 

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「秘密」 佐倉井 月子 @sakuramo

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