21話 本番

 翌週、月曜日。朝の全校集会にて。

 そこで改めて体育祭の諸々の表彰を行い、先生方の話を挟んだ上で集会は終了。確かな青春の余韻と共に空気を締め、また新しい学校の日々へと戻る──

 ──その、前に。


「以上で、表彰式を終わります。……それでは、最後に」


 進行を任されていた、生徒会書記の声が響く。



「有志制作による、『体育祭の振り返りムービー』を上映いたします」



 ……さあ、ここからが。

 燎にとっての、体育祭の『本番』だ。


 予定になかった言葉に、体育館に生徒たちの騒めきが満ちる。けれど、合わせて体育館の明かりが消えステージ上にスクリーンが落ちてきた辺りで、全員がある程度を察した。あそこで何かが始まるらしい、と。

 その予感に違わず、プロジェクターの明かりが映し出されると同時に、それが始まる。



 最初は、静かな生徒会室内のイラスト。

 続けてその中を小さな足音と共に、旭羽の制服を着た女子生徒が歩いていくイラスト。涼やかで柔らかい、期待を煽るようなミュージックに合わせて、中央の机の上へ。

 そこにあったのは、一つのアルバム。表紙には『第十七回 旭羽高校体育祭』と見覚えのある字体で書かれている。

 女子生徒が、それに手を伸ばした瞬間アルバムが開き、そこから勢い良くたくさんの写真が出てくる演出。合わせて遠くから生徒たちの歓声がフェードインし、最後に出てくるのは、大きな一枚絵。


 燎の隣の生徒が、あ、という顔をした。そう、それはこの体育祭で、きっと全ての生徒が見たであろうほたるの看板絵。改めて、体育祭の文字と共にそれが表示され。合わせて選手宣誓の掛け声が入って導入は終了。

 そこから、先ほど書記が述べた通り。

 ほたるのイラストと、体育祭中に実際に撮られた写真を惜しみなく用いた──体育祭の振り返り動画が、スタートした。



 今年度の『体育祭』を一つにまとめたムービーの制作。

 これが、燎が以前から考えていた、体育祭に関しての『やりたいこと』だ。


 ヒントとなったのは、中間試験明けに影司から聞いた話。


『そもそもこの学校って体育以外にもすげぇ特技を持ってる生徒がわんさかいるわけだ』


 ほたるを筆頭として、体育祭の『生徒が作るお祭り』の側面的にそれを活かせないのは勿体無い。可能ならば、それらを生かして何か大きいことができないか、と。

 それが頭の中に残っていた結果、燎のこのアイデアが生まれた。

 多分、同種のアイデア自体は去年以前の年にもあっただろう。けれど実現できなかったのは、実際に制作する上で特化した技術を持った生徒が何人も必要になり、それらの観点から高クオリティのものを制作するまでに至らなかったからだと思われる。


 けれど、現在の旭羽は違う。

 動画に必要な素材であるイラストはプロのほたるが居るし、もっとも大量の素材が必要となる写真に関しても、今代の写真部には燎たちと同じく晴継にスカウトされたプロレベルの人材がいる。話を通したところ、『自分たちの写真をより多くの人に見てもらえるなら喜んで』と快諾してくれ、部員たちと協力して厳選した素材を即座に提供してくれた。


 そして、恐らく技術的な最難関と思われた動画だが──旭羽なら人材がいるのではと影司に確認したところ、これも大当たり。動画制作を専門にしている生徒まで繋いでくれた。話をすると、『事前に写真以外の素材をくれて、大まかな動画の流れが組めているのなら体育祭当日の写真を使って土日で仕上げられる』とのこと。

 間違いなく、最大の功労者は彼だろう。相当大変だったようだがしっかりと間に合わせてくれた。感謝を述べると、『自分も楽しかったから全然良い』と返してくれた。


 そうして完成した、このムービー。『体育以外の特技を持った生徒が、体育祭に参加できる形』として生み出された、旭羽らしい一つの祭りの集大成。

 ……改めて見ても、尋常ではないクオリティだと分かる。


 ほたるの一枚絵からある競技をピックアップして、それに合わせて『徒競走』の文字が流れる。

 徒競走の中でもデッドヒートだった名シーン、逆に離されても最後まで諦めず走り続けるシーンや、その時の選手たちの必死な表情。自分自身やクラスメイトが走っているシーンがピックアップされたときには、その近辺の生徒たちから小さな歓声が上がった。

 続けて、これもほたるのイラストを用いて『玉入れ』と流す。こちらは和やかな雰囲気で統一し、協力する生徒たちが笑い合う写真や籠に跳ね返された玉が頭に当たるコミカルな写真で笑いを誘う。


 そこからもテンポ良く障害物競争、棒倒し、と各競技を振り返っていく。

 ほたるのイラストを挟むことで、それが各競技の分かり易い区切りとなっている。彼女の絵に『今回体育祭で開催される競技全て』を盛り込んでもらった理由の一つがこれだ。

 それも相まって、生徒たちもどんどん体育祭の思い出が上映されたそれにのめり込む。



 ……ここで。写真イラスト演出と並んでこの動画の重大なもう一つの要素を述べる。

 そう、音楽だ。──燎の、この企画で関わりたいと思っていた分野。


 燎がこれを思いついたのは、影司から聞いた『体育以外の特技を持っている生徒も体育祭に』という思いからではあるが、やってみたいと決めた最大の理由はそれではない。

 もっと単純に自分の内で思っていた、敢えて言うならエゴ全開の思い。それは、ただ。


 ──自分の手で・・・・・すごいものを・・・・・・作り上げたい・・・・・・

 すごいものに、自分ができることで参加してみたいという、きっと何かを作る人間なら誰もが夢見たことのある、馬鹿みたいな空想の類だ。


 しかし、それを実現する上では一つ大きな厳然たる問題があった。

 言うまでもなく、燎の実力の不足である。ここに挙げているイラスト、写真、動画演出で関わっている人間は、いずれも既にプロ、或いはそれに近い実力を持って活躍している人間ばかり。そんな中で燎が『動画の音楽は自分に担当させて欲しい』と言っても、クオリティを著しく下げてしまう、作品を壊してしまうことは自明で。


 ……けれど、諦めたくもなかった。

 身の程知らずだとか、今はまだ早いとか、そういう理由で今の自分の『やってみたい』を諦めたくない。あの夜の旅を経て強く得たその思いから、潔く誰かに任せて引くという極めて賢く順当だろう選択肢を簡単に選ぶことを許したくなくて。

 何か、自分だって関わりたい。けれど、こんなすごい人たちが作るものを自分で台無しにもしたくない。その矛盾を解決するため、燎が悩み抜いた先に取った行動も、きっと単純な話。




「──力を、貸してください」


 二週間以上前。燎が制作を決めた直後、頭を下げたその先輩は。

 きっと、校内でもほたると並ぶほどの有名人。旭羽屈指の強豪部活である、軽音楽部のエース。既に広く活躍し、レコード会社と契約してプロとしての活動も行なっていて……バンド内ではボーカルと並行して、作曲も一手に担っている三年生。

 燎やほたると同じく晴継にスカウトされ、燎の目指す分野でプロとして活躍している……つまりは、今作ろうとしている動画の音楽担当として申し分ない人材。


 その人に、考えていることをそのまま話した。

 実力不足と分かっていても、関わることを諦めたくないと。身の程知らずと思われようと、恥だと認識されようと構わない。自分の『やってみたい』のために全力で突っ走ると決めたのなら、そんなものは捨てろと。

 その覚悟で頭を下げて、その先輩に望むことを告げる。


「まず……事前に聞いていると思いますが、これから作ろうとしている体育祭動画の、音楽方面のディレクションをお願いしたいです」


 つまり、動画に使う音楽をどうするか。その決定や方向調整をまずお願いした。

 それ自体は快くOKを貰えている。だからこそ、燎が話すのはその先。

 目の前の先輩は当然、音楽に関する造詣も燎とは段違いに深い。彼に担当してもらえば、音楽面でも動画のクオリティをある程度は担保してくれるだろう。

 そして、その上で。



「その上で──一度だけ、自分の作る曲が・・・・・・・それに相応しい・・・・・・・かどうか・・・・見て・・下さい・・・



 矛盾する二つの望み、それに向き合った上での答え。

 その思いを、自分の願いを、自らを知った上で包み隠さず燎は告げる。


「全くの不適格だと思ったなら、容赦なく切ってくださって構いません。その場合は既存の曲を使うか、或いは書き下ろしてもらうか……そこも含めて全て先輩にお任せします」


 だから、一度だけ。燎がこの制作に関われるかどうかのチャンスが欲しい。そう告げて、願いを締めくくる。

 きっとこれが、望みを両方叶えるために今自分にできる精一杯。その上で自分を切り捨てられたのならもう仕方がない、或いはこの申し出自体が迷惑だと言われても仕方がない。それくらいの覚悟を持って頼み込んだ──その、結果。




「……」


 現在。燎が見る先で流れている曲は、この動画のために書き下ろしたもの。

 誰が作ったかと言われれば……


(……一応は、作曲だけは俺、と言って良いのかな)


 結論から言うと、その先輩は燎の曲を採用はしてくれた。

 多分、義理とか同情とかではないと思う。その証拠に提案自体は楽しそうに笑って受けてくれこそしたが、それ以降に関しては一切手心のない評価や改良、指摘を受けた。


 実際、燎の提出した曲そのままではない。とりわけ編曲に関してはその先輩がプロの手腕を遺憾なく発揮し、燎よりも遥かに聞ける内容にしっかりと仕上げてくれた。

 事前に危惧していたような音楽面だけ微妙なものにはならず、動画の盛り上がりに一役買っていられるのはその手腕のおかげであることは疑いようがないし、燎の気概を汲んでそうしてくれたことには本当にもう感謝しかない。

 ……だから、こそ。


(……ちゃんと、受け入れられて欲しい。盛り上がって欲しい)


 生徒たちに、それが届いて欲しい。この動画も含めて、素敵な思い出になって欲しい。

 そう願いつつ、燎もスクリーンを引き続き見守る。



 動画はいよいよ、クライマックスに差し掛かろうとしていた。

 曲のサビに合わせて、花形競技。劇的な写真がたくさんで、ところどころに放送部の実況を挟む演出を解禁することで更なる盛り上がりを見せる。

 そうして全競技の振り返りが終了してからは──最後、競技関係なく良く撮れていると思った名シーンを惜しみなく投入する。


 騎馬戦で圧倒的な不利を単騎で覆した大将のガッツポーズ。

 重要競技で負けてしまった生徒を、クラスメイト全員で慰める様子。

 最後の最後、対抗リレーでアンカーにバトンを繋ぐ真剣な表情のアップ。

 優勝をかけた戦いを、固唾を飲んで祈るように見守る生徒の姿。


 勝利も敗北も、疾走も応援も全てが輝くように。

 誰もが自分の体育祭に重ねて、美しい思い出として振り返ることができるように。

 絵と写真に合わせて燎も、先輩の手を借りつつ自分にできる精一杯を音に詰め込んだ。


 そうして、最後の演出。

 節々で見せてきたほたるの競技イラストが一挙に集約し、最初の看板絵に戻った瞬間。


 ──なんとなく、分かった。

 きっとこの瞬間、見ている人全員の心の中に。今年の体育祭の象徴として、この動画とほたるの絵が刻まれたことが。


 それを証明するように。

 動画が終了、暗転しての一瞬の余韻ののち。



 ……わぁっ、と。

 これまでに聞いたことがないくらいの、爆発するような拍手と歓声が響いた。



 それだけで、どう受け止められたかの判断には十分。

 再度生徒たちの様子を見て……燎も張っていた肩の力を抜いて、呟く。


「…………良かった」


 そう、心から思った。

 ここまで喜んでもらえたのなら、今日まで突っ走ってきた甲斐は間違いなくあった。


 ……きっと、これが第一歩だ。

 そんなわけもない感想を抱くと同時に。確かな満足感の宿った笑みを、同じく企画から奔走した近くに座る影司と交換して。

 入学して初めての、『やってみたい』だけで走り抜けた燎の体育祭は、締めくくりとなったのだった。

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