20話 体育祭
旭羽高校、体育祭。
高校の性質上、イベントとしての規模は文化祭にこそ劣るし、外部から人も招かない学校内だけの行事ではあるが──それは、生徒側が手を抜く行事であることを意味しない。
むしろ、お祭りごとは普段以上に楽しむ風潮に従って。より多くの生徒が楽しめるよう競技内容を考える生徒会をはじめ多くの生徒が奔走し、いくつかの生徒に関しては競技以外の形でも自主的な参加、あるいは依頼を受けて参加する様子も見られる。
その日、入り口に大きく飾られた看板絵などは、その最たるものだろう。
「わ、すご……」
「……流石、夜波さん」
多くの生徒が、そこで一旦足を止め。その看板絵を見上げる。
そこに描かれていたのは──敢えて一言で言うなら、『体育祭』そのものだ。
グラウンドを中心とした学校が背景に描かれ、真ん中にこれも専門の生徒による達筆で『第十七回 旭羽高校体育祭』と記され。その周りに、様々な競技に取り組む生徒たちの姿が生き生きと躍動感たっぷりで描かれている。
よりしっかりと見れば、これも気付くだろう。その生徒たちが取り組んでいる競技が、『今回の体育祭で開催される競技』と完全一致していることにも。
その絵の完成度、躍動感はまさしくプロの技。これに関しては今しがた通りがかった生徒が言った通り、描いた人間──ほたるを称賛するしかないだろう。
そんな看板が大きく置かれる様子は否が応にも非日常感を高め、今日のイベントに対する生徒たちのテンションを上げていく。
そうしていよいよ開催された、本日の体育祭。
基本の形式は学年ごと、クラス対抗の得点勝負だ。
生徒一人が出られる競技の数はかなり厳密に決まっている。そのため得点配分や競技の性質、後は他クラスの戦力や戦略を見極めた上で、『誰をどの競技に配置するか』『どこまで得意分野を活かして頑張れるか』が重要になってくる。
よって運動がそこまで得意でない生徒も組み合わせ次第では勝利を引けるし、身体能力の高い生徒が多いクラスだから絶対に勝てるというわけでもない。
そんな、クラス全体の戦略性がカギとなるこの体育祭において。燎の所属するA組はどうなっているかというと……
「すまん、二位だ! もう少しで一位だったんだけど……!」
「十分、むしろ良く二位取った! 特にC組に勝てたのは本当にでかい!」
「うん、他の成績も軒並み良いし、これマジで総合優勝ペースあるよ!」
かなり健闘していた。
総合的に身体能力が高いクラスというわけではないのだが、上手く他クラスと比べて紙一重で好成績を取れそうな生徒を振り分けることでコンスタントに高順位を取ることに成功している。
そして、それを成した最大の立役者が。
「どーよ! 今んとこほぼ完璧に読み当たってんじゃねぇ!?」
盛り上がる生徒たちの中心に位置する影司だ。
順当というかなんというか、クラス全体でも中心人物である彼がその顔の広さや能力諸々を生かし、他にも運動部の生徒たちと協力した上でクラスメイトの希望も踏まえた上で作り上げた競技配置がほとんど完璧に的中していた。
おかげさまで、生徒のほぼ全員がそれなり以上の成績を収められている。その手腕に関してはクラスメイトも疑っていないし感謝もしている。だが。
「うん、ほんとそれに関しては素直にすごいと思うよ。でも」
「全員『頑張れば勝てるかもしれない』競技に配置してくれたおかげで、ここまで盛り上がれてるんだからそこは感謝しかないぞ。だけど」
……それでも、誤算はあるもので。
あたかもここまで綺麗な戦力配分の煽りを一身に受けたかのように、一人だけ見事に大敗した徒競走第七走者の生徒がおり、それが。
「──暁原にはとりあえず謝っておこうな!?」
「一人だけ地獄みたいなグループに放り込まれてたじゃん! あれ多分うちの組以外全員クラストップの俊足揃いだったよ!? やっぱあそこは取りに行くべきだったって!」
「暁原くん、全然足遅い方じゃないのに見てて可哀想になるくらい一人だけぶっちぎられてたんだけど! ほら今もあそこで屍になってるし!」
「それは本当にごめんね! でも徒競走に関してはくじ運も絡むから仕方ないだろ! 逆に燎以外全員超気まずそうだったぞあそこ!?」
この通り、見事に巻き込まれ事故をくらってしまった燎だったりする。
ちなみに影司にも謝ってはもらった。『多分あのグループはうちのクラスの誰が行っても最下位だったからむしろまだ燎で良かった』とフォローかどうか微妙な言葉も合わせていただいたが、言っていること自体はその通りなので率直に受け取った。
……とは言え。ここまでの会話からも分かる通り、燎のクラスメイトは皆良い奴らだ。だから燎としてもちゃんとクラスに得点で貢献したかったな、と考えていると。
「や、燎お疲れー。徒競走見てたよ、ナイス人身御供」
「評価がその通り過ぎて何も言えない」
こちらはしっかりと一位を取って帰ってきた星歌が、共にスポーツドリンクを二つ持ってやってきた。どうやら片方は燎への労いらしく、礼と共にそれを受け取る。
「いやでも、本当に地獄グループだったよねあそこ。あんまりに頂上決戦すぎて周りも噂しててさ、燎が最下位だったのに『実質勝ったのA組の奴だろ』って言われててごめんだけど笑った」
「確かに、他のクラスは本来なら確実に一位を取れる奴が一箇所に固まっちゃったわけだし、戦力配分的にはうちが得してると言えなくもないか。……まぁ、何にせよ」
あそこまで派手に組み合わせの事故をくらったのだから、いっそのこと笑い話にでもしてもらった方が助かると言えば助かる。
得点こそ取れなかったものの、星歌や影司の言う通り下手に強いクラスメイトがあの犠牲になるよりは自分で良かった、と思うべきだろう。今は応援を頑張ることにする。
そう伝えると、「切り替えが早いのは良いねー」と星歌も笑ったのち。
「それに」
燎の方を覗き込むように、こう告げてきた。
「──燎にとっての『本番』は、今日じゃないもんね?」
「……体育祭の方も手を抜いているつもりはないんだけどね」
けれど、星歌の言うことも間違ってはいない。
無論体育祭も全力でやっている。けれど、燎にとってこの体育祭に向けて、ここ二週間やってきたこと。その集大成を見せるのは、今日ではない。
そういう意味で、燎にとっての『体育祭の本番』は後日だとも言える。
「その、夕凪も助かった。ここ二週間色々授業とか」
「全然。むしろそれより前の誰かさんみたいに相談してくれない方が怒ったよ」
「その節は大変ご迷惑を」
なんだか最近この手のことで謝ることが多い気がする。
「でも、その問題も燎の中で解決したんでしょ? ここ二週間の燎、すごい忙しそうだったけど……それ以上に、入学してから初めて見るくらい楽しそうだったし」
「……はは」
側から見てもそう見えるということは、余程だったのだろう。
それも、間違いない。二週間非常に大変だったが、『やってみたいこと』に向かって全力で突き進むのはそれ以上に充実していた。今も徒競走だけではない多少の疲労が残っているが、それさえも心地良く思えるくらいに。
……というか、疲労と言えば。
きっとここ二週間燎と同じくらい走り回っていたはずなのに、本日も尚クラスの輪の中で大暴れしている男が一人目の前に居るのだが。
「影司は、なんであんなに元気なんだよ……」
「……あー、ねぇ」
それには星歌も呆れと感服が混じった苦笑を浮かべる。
「中学の時から影司はそうなんだよねー。特にイベントごとになると体力と行動力とその他諸々が無尽蔵になる」
「普段から体力が尋常じゃないのもその影響か? 見習いたいな」
「そこで単純な『羨ましい』にならない君もすごいね」
「夕凪はどうなの?」
「なんか負けた気がするからとりあえず絶対影司よりは得点取ってやろうって思う」
「そっちも大概じゃん」
あまりにも星歌らしく、燎も思わず先ほどの彼女と同じ表情になる。
「ま、でも」
けれど、そこで星歌は「次は騎馬戦か? 燎の分も稼いでくるぞこら!」と気合を入れている影司の方を再度見やって。
「あそこまで楽しそうにしてるのは、初めて見たかな」
「え」
「多分、今までで一番心から『楽しそう』って思えてることに向かってるからじゃないかな。だからあんなにはしゃげてるんだと思う」
「そう、なのか……?」
「きっとそうだよ。だって、私もそうだから」
意外な言葉。軽く目を見開く燎に星歌も向き直り、いつもの彼女の表情に加えて静かな高揚感も宿した瞳を向けてくる。
「私も、影司や君から君のやってみたいことの話聞いて、すごい興奮したよ。ちょっと大袈裟かもだけど……入学してから一番、旭羽に入って良かったって思ったくらい」
嘘ではないのだろう。それくらいは、ここまでの付き合いで分かっている。
引き続き驚く燎に、星歌は笑みを深めて。
「だからさ。ここ二週間裏方をやってきた私が──ううん。裏方しかできなかった私が悔しくなっちゃうくらいの」
彼女らしい言い回しで、告げてきた。
「……すっごいやつ、見せてよ」
改めて、驚く。
自分の思いつきから始まったここ二週間だったが、それに関わる人間が皆自分の考えに対して好意的、かつ前向きで。……中学までに何度か経験したような、『何かをする』ことに対するネガティブなものが、一切なくて。
自分も、ここに来て良かった。わけもなく、この瞬間そう思った。
だからこそ。燎も一度内心の不安は押し込めて、笑ってこう返す。
「うん。楽しみにしてて」
それと同時に、星歌も次の競技に呼ばれ。「絶対活躍するから見ててねー!」と手を振って向かう彼女を見送り、燎も復活して応援に向かい。
その後は、大盛り上がりの中無事今年の体育祭は終了し。
そこから土日の休みを挟んで、三日後。
燎にとっての、体育祭の『本番』が、やってきた。
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