19話 日本一楽しい高校で
翌日。燎は学校で、一人の友人を呼び出していた。
燎の考えたことをほたるに了承してもらったは良いものの……この『提案』は、燎とほたるの二人だけではできないこと。
故に、協力者が必要だ。単純な人手と、いくつかの分野に精通した協力者が。
そして、そのために。真っ先に声をかけるべき人物も、燎の中では決まっていた。
よって昼休み、その友人──暮影司を呼んで、昨日ほたるにしたのと同じように自分の提案を説明して。
「よしやろう今すぐやろう俺は何をすれば良い?」
「待て待て落ち着け早い早い」
秒で了承をもらった。昨日のほたるより早かった、なんなら食い気味だった。
あまりの早さに、逆に提案した側の燎が何故か止める側に回ることになった。それで多少は落ち着く様子を見せたものの、答え自体は変える気配もなく影司は続け。
「いや、んなこと言われても俺が断るわけねぇだろ。だって……」
その根拠を、以前のことを思い出しながら影司は告げる。
「……前、俺が言ってたことを踏まえての提案だろ? それ」
「ああ。体育祭でなんかやりたいって言ってたもんな。だから先輩の次は真っ先に影司に声をかけた」
そう。燎の『やってみたいこと』は、近くに迫った体育祭に関することだ。
中間試験の直後、影司が言っていた。『自分も体育祭で何かをしたい』と。そこでの発言内容も、これを思いつくのに一役買ったことは間違いなく。
だからこそ前向きに考えはしてもらえるんじゃないかと思ったのだが……
「……とは言え、だ。良いのか?」
ここまで前向きどころか前のめりになってもらえるとまでは思わず、若干不安になりつつも燎はそう思う根拠を述べる。
「自分で提案しといてなんだが、相当大変だぞこれ? 俺と先輩だけじゃ難しくて、他にも多くの人の専門的な能力を借りないといけない。折衝やスケジュール管理を考えれば、影司にだって相当──」
「おーいおいおい、何言ってんだ燎さんよ」
けれど、影司はそれを軽く笑い飛ばすと。
「なぁ燎。俺は生徒会所属だ」
「え、ああ。知ってるけど」
「そんで、我ら生徒会のスローガン。前言ったんだが覚えてっか?」
問われて思い返す。以前の体育祭の件で一緒に言っていた、確か内容は──
「──『暴れたい奴に暴れさせる』だったか」
「そゆこと。お前は今暴れたいんだろ? そんでついでに言うと、今のお前の話を聞いて俺も暴れたくてしゃーない。つーわけで是非とも一枚噛ませろ、そのために貸しを使っても良い」
「それは取っとけ」
ともかく、ちゃんと勢いだけでなく前向きになってもらえること分かった。
一先ずは安堵する燎に、影司は続けてこう述べてくる。
「……というか、普通に悔しいぜ」
「悔しい?」
「そいつは俺が思い付きたかった。確かに、今の旭羽に揃ってる人を考えればそのあたりの発想がなぁー、出てもおかしくはない、って言うとお前を下げることになるか? そのつもりはないんだが……ともかく、先を越された感じで超悔しい」
「……」
「つーかお前、ここ数日で何があった? 昨日はなんか知らんが徹夜明けレベルで死にそうな顔してたくせに今日はこんなこと言ってくるしよ」
「その節は迷惑をおかけしましたね! ノートとか貸してくれてありがとうね!」
まさしくその昨日、授業に来る前にあったことの結果吹っ切れてこうなっているのだが。その影響で昨日星歌と影司に色々と世話を焼かせてしまったのは申し訳ない。
「ま、そういうわけで! 乗ったぜお前の話。諸々の悔しさは全部、お前の言う『提案』をしっかり実現させることに注ぐとしよう。そいつは俺がいないとできないんだろ?」
「……助かる」
「なんのこちらこそ! ……そんじゃ、真面目な話だ」
そうして、提案の了承を改めて告げた上で。
言葉通りの高揚感を得た様子と共に、影司の目に理知の光が宿る。
「実際、お前の考えたことは全然実現可能だと思う。いくつかは生徒会で進めてる企画、というか毎年体育祭でやってることがそのまま使えるしな。それを、お前の話を踏まえた上で調整してもらえば良い」
「……」
「問題は許可取りか。まずお伺い立てないといけないのは……写真部と、場合によっちゃ軽音部というかあの先輩と……後は技術的な面もか? 旭羽にはその手の部活もあるし、アポ取りゃなんとかなんだろ。最大の関門は会長の許可だがそこは俺が土下座するから問題ない」
「良いのかそれで」
「お前が一番大事な夜波先輩をもう口説き落としてんだろ? それに比べりゃ大した手間じゃあないさ」
「口説き落とすはやめてくんない?」
ちょくちょく軽口を挟んでいつものやりとりにしてくるが。
……正直、真面目に戦慄していた。
燎が軽く企画を説明しただけで、それに具体的に何が必要でどこに許可を取らなければいけないか、それをあっという間に把握している。さらりとやってみせているが、まだ入学一月強ということも加味すると普通に尋常ではない能力ではないだろうか。
……きっと、以前彼が語った『憧れに恥じない自分で居たい』。その目標に向かって進んでいるからこそ、今の彼があるのだろう。
率直に尊敬すると同時に、影司が一通りの考えをまとめた上でこう告げてくる。
「となると、残る問題は……やっぱ時間か。体育祭まであと二週間強だもんな」
「うぐ。……それはすまん、俺も思いついたのがつい昨日なんだ」
「なぁに、周り次第だが間に合わねぇわけじゃないさ。……と、いうわけでだ」
と、そこで。影司が笑顔で、がしりとやや強めに燎の肩を掴む。
「え、あ、影司さん?」
「遅れた分、今から取り返しに行くぞ。今この瞬間からだ。とりあえず生徒会室に行こう、そこで内容を詰めた上で、アポが取れた人片っ端から頼みに行くぞー」
「…………了解」
ひょっとすると、自分は。
思いつきの結果、とんでもないことをしようとしているんじゃないだろうか。
それをじわじわと実感するも、だからと言って止める気もなく、ましてや完全に影司を巻き込んでしまった以上今更止めるわけにもいかないと悟って。
「とりあえず、ここから二週間。授業はちょっと夕凪に頑張ってもらうことになるかもしれん。細かい業務も頼ませてもらうかも」
「良いのか……?」
「借りはできるなぁ。でも、多分巻き込まない方が拗ねるぞ?」
「……それもそうか」
とりあえず言えることは──やはり後悔だけは不思議となく。
「やってやろうぜ、すげぇこと。一年坊だからとかまだ早いとか、そんな言い訳で今やりたいことを待ってなんからんないよなぁ?」
「その通り、だな」
楽しそうにそう告げる影司に、燎も笑って頷き。
半分引きずられる形で、生徒会室へと連れ去られていくのだった。
◆
その日の夜。
「あ、かがりくんおかえり……すごい疲れてる!」
打ち合わせがてら、本日も学校から直帰する形でほたるの家を訪れた燎を見て、ほたるが開口一番そう言った。
まぁそう言われても仕方ないかと思う程度には燎も疲労を自覚していたのだが。
「遅れてすみません。放課後ずっと影司と色々企画や予定の調整をしてて」
「よく一緒にいる仲良しの生徒会の子だよね、話は聞いてるよ!」
ほたるに促されて座りつつ、続けての疑問を受け取る。
「それで、どう? 色々きみの考えたことについてお話とかしてたっぽいけど」
「上々、と言って良いでしょう。……先輩」
「んー?」
「……旭羽高校って、すごいですね」
最早何回目かも分からないが、今日も心からそう思った。
燎の提案したことを敢えて抽象的に言うのなら……そりゃできたら楽しいだろうけど相当難しいだろ、と言われるようなことだ。
いくら旭羽に特定分野で優れた人が多く所属し比較的実現しやすいと言っても、そこまでの手間自体が変わるわけではない。難色を示しても仕方ないと思っていた。
……けれど、少なくとも今日影司と共に頼みに行った先輩たちは、全員が自分の予定との兼ね合いがありつつもかなり前向きに検討してくれていて。どころか……『こうした方が良いんじゃないか』と更に引き上げる案まで積極的に出してくれて、逆にこちらが圧倒されてしまったくらいだ。
「なんというか……『これやってみたい』で走り出して周りに相談したら、いきなりジェットコースターに乗せられて想像以上のとんでもないとこまで連れてかれそうな気配というか……そんな感覚を今日味わいました」
生徒の『やってみたい』を積極的に応援する。その校風の真価を知った気分だ。
そんな気持ちを込めて告げると、ほたるは笑って。
「それはその通り。でも……それだけじゃないと思うな」
「え?」
首を傾げる燎に、机の向かい側からこう告げてきた。
「旭羽にそういうのを応援する空気が強いのは確かだよ。でも、流石に思いついたこと全部を叶えてくれるってわけじゃない。特に今きみが考えてるみたいな他の人の協力も必要なのだと、その人たちそれぞれにも別の『やってみたいこと』があるわけだし」
だから、とほたるは言葉を区切ってから。
「……それが気にならなくなるくらい。きみの提案した『やってみたいこと』がその人たちにとっても楽しそうだった、ってことだよ」
「!」
「その人たちにとっても『やってみたい』って思うくらい、きみの提案が魅力的だったんだと思う。そういうのは、きっとすごいことになるよ。だって、あたしもそうだし」
そう言ったのち、傍に置いてあったタブレットを開く。
「先輩も?」
「うん。あたしも体育祭関連で、かがりくんの話が出る前にも一つ依頼を受けてたりしたんだけどね」
そう言えば、影司が以前その辺りのことを言っていた気がする。
「どんな感じの絵にしよっかなーって、実は割と悩んでたんだよね。でも──きみの提案を受けてからは、『これだ!』っていうのがはっきり固まって。今日描けたんだ」
それがこれ、と、少しだけ照れの混じった表情で画面を見せてくる。
「まだラフなんだけど、けっこう自信作。……どうかな?」
「──」
完成したら、凄まじいことになる。
そう、既にこの時点で確信できる。そんな出来だった。
「……すごい、しか言えないです」
「それが一番嬉しいよ! こんな感じでさ、やっぱり何かを作る上で『やってみたい』や『楽しい』『楽しそう』は最強だと思うんだ」
「そう、ですね」
「だから、きみの考えも自信持って良いと思う。……かがりくんも、この企画を通して挑戦してみたいこと、本当の『やってみたいこと』があるんだよね?」
ほたるの励ましと言葉を、素直にありがたく思い頷く。
その通りだ。燎も吹っ切れた証として、ほたるをはじめとした旭羽高校のすごい人たちとやってみたいことがある、挑戦したいことがある。
……お前如きがそんな、とか。分不相応だとか、そういうことは。
考えてる暇なんてない、とにかくやってみる。そう、あの夜の旅で決めたのだから。
「ここから二週間。とんでもなく忙しくなりますね」
「でも、楽しそうでしょ?」
見透かされた言葉と微笑みに、燎も苦笑を返して。
「……完成版、すごい楽しみにしてます」
「ん!」
それだけを最後に伝えて、燎もほたるも各々の作業に戻る。
……ふと。ここに来る契機となった、一番初めの出来事。
晴継にスカウトされた時の、誘いの言葉を思い出す。
『日本一楽しい高校に、行ってみる気はないかい?』
正直今までは、その言葉は晴継の主観が多分に入った、ある種の誇張表現だと思っていたのだが……今は、燎も違う印象を持っている。
(多分、違うんだよな。合ってるとか合ってないとか、そういう話じゃないんだ)
今日出会った先輩たちや、今共に作業するほたるを見て感じたこと。
彼ら彼女らは、自分の通う高校が本当に日本一楽しいかどうかなんて、極論言ってしまえば気にしていない。本当にそうかなんて関係なく、ただ。
ただ──
きっと晴継も、そういう意味で『日本一楽しい』と言い切ったのだろう。言うなれば主観であって一切構わない、主観で上等なのだ。だって、自分が楽しくするのだから。
例えどんな環境だろうと、最高の『楽しい』は受け身では降ってこない。そう思って進んでいるからこそ、今日会った人たちやほたるはあんなにも眩しくて。
……自分も、そう在りたいと。そういう風に思わせてくれるのだろう。
(──やるぞ)
そのことを改めて理解し、自然と燎の作業にも気合が入る。
そうして、各々のやることとやりたいことを全力でやった結果、二週間はあっという間に通り過ぎて。
体育祭の当日が、やってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます