14話 暁原燎のお悩み相談2
翌日、月曜日。
当然学校もあるが、ほたるは先日からの泊まり込み作業の影響で休みだ。こういう場合は旭羽の制度的に半分公欠のような扱いになるらしい。
それはそれとして、今日はクラスでもちょっとした出来事があった。
中間試験の答案が全て返ってきたのだ。結果総合順位や各教科の点数、順位が全て判明し、実際成績表も配られた。すなわち、
「というわけで。高校第一回成績バトル、全九教科中――」
燎がクラスメイト二人と行っていた例の対決に、決着がついたということ。
「私夕凪星歌、勝利したのは六科目ー!」
「俺、暮影司は三科目ー」
「そんで俺が全敗ね! 想像より遥かに頭良かったね君ら!」
結果はご覧の通り。
放課後夕刻、三人だけ残った教室で成績表を見せ合った上での各々の宣言が響いた。
いや、二人とも成績が優秀なことは授業の様子等で知っていたが、テストとなると更に格が違った。何せ両方総合順位学年一桁、星歌に至ってはクラスでトップだ。
賞賛と驚きを半々に乗せた声で燎が告げると、二人はこう答える。
「でも、燎も頑張ったじゃん。あ、もちろん煽りとかじゃなく本気で」
「だなー。実際そんな点差ねぇし、俺に関しては一科目一点差で負けるとこだったし。ぶっちゃけ全負けは不運だろ、普通に一芸組の中じゃ燎が一番成績良いんじゃね?」
「それは持ち出しても意味ないだろ……俺は二人と競ってたわけだし、その上での全敗は割と素直に悔しいよ」
燎もそれを承知の上で勝負に臨んだわけで。それなのに『一芸入試組だから成績で負けるのは仕方ない』と言うのは二人に対して失礼だろう。
そう思って率直な感想を口にする燎に、星歌と影司は少しの驚きののち軽く笑って。
「ま、それはそれとして」
「さらっと流された」
「とにかく賞品はありがたくいただくよー。私が二回、影司が一回ね」
今回の対決の方式は、総合成績ではなく科目ごとの成績の勝敗数で順位を決める。そして賞品に関しては、端的に『一位が貸し二つ、二位が貸し一つ』だそうだ。仲間内だけ通じるものだし期間も限定で曖昧だが、これくらい緩い方が変に気負わず続けられるとか。
なるほど、と改めて納得する燎に対し、星歌はそこで前の席から立ち上がり。
「それじゃあ、早速一個使って良い?」
意外なことを述べてきた。
驚く燎だったが、一方の影司は納得の表情でこちらも横の席から立ち上がる。
「そだな。でもお前ので良いのか?」
「良いでしょ、私は二回分あるんだし。……というわけで、燎」
そのまま、何故か挟むように影司は燎の背後に立ち。
星歌は燎の机の反対側から身を乗り出し、大変可愛らしい笑顔と共に。
「――今、君が悩んでること。ちゃーんと吐いてもらおっか?」
そこで燎も悟った。
「影司。何故俺の後ろに立つ」
「そりゃもちろんお前が逃げようとしたら肩を押さえるためだぞ」
どうやら影司もグルらしい。
「……気付いてたんだ」
「むしろ気付かれてないと思ってる方が驚きですよ私は」
「燎、お前は多分お前が思ってるのの十倍くらいは顔と態度に出るタイプだ」
「マジか」
この二人の様子を見るにマジのようである。
困惑する燎に対し、星歌が少し冗談めかした口調で続けてくる。
「まあ、一芸入試組ならではの悩みかもしれないし、言って私たち知り合って一月とちょっとでしかないし」
「時々忘れかけるけどな」
「だから、変に無理やり聞くのも違うかなとも思ったよ。でも……あれだけ思い詰めた顔してるのにこっちに何も言ってくれないのはなんだかなー私が思ってるほどまだ君はこっちを信頼してくれてないのかなーとか思っちゃったりもしまして」
「うぐ」
冗談めかしてこそいるが、実際少しはそう思っていたのも事実なのだろう。そのように言われると燎としても思うところがある。
「それにさ、燎」
燎の顔を見てから、星歌は真面目な口調に戻しつつ続けてくる。
「私困った時には割と、無理のない範囲で仲良い友達に頼るようにしてるんだよね。前君に話聞いてもらった件だってそう。で、なんでそうするかっていうと……」
そこで、一度立ち上がって机に手を置き向き直ると。
少しだけ、拗ねたような。気恥ずかしさを隠すような声色で、告げる。
「……逆にこういう時、ちゃんと私にも頼って欲しいからなんだけど」
普段の彼女よりも、幾分か素っ気ない。
けれど、だからこそ飾らない本音がストレートに含まれたその言葉を聞いて。
加えて昨日晴継から聞いた言葉も思い返せば、もう躊躇う理由はない。
「……そうだね。悪かった」
元々昨日以降、話すかどうかは迷っていたのだ。
表情を緩めて感謝と共にそう述べた後、影司にも再度座ってもらって。燎は昨日に引き続き、自分について話し始めた。
とりあえずは、昨日晴継にも話したことを一通り。
けれど、考える方向性は昨日既に晴継にもらっている。だからこそ、友達二人にはそこについて考えるための参考、ヒントが欲しかった。よって、続けてこう告げる。
「影司」
「お?」
「影司は、どうしてこの学校に来たの?」
そう言えば今まで聞いていなかったことを、この場で問うことにする。
目を丸くする影司。それに対し、星歌はまた少しばかり拗ねた口調で。
「えー、私に頼って欲しいって言ったのに先に影司に聞いちゃうんだふーん?」
「その面倒臭い系のムーブやめてくれません!? 夕凪のは前聞いてある程度知ってるから先に影司に聞いただけなので!」
なので星歌をないがしろにしているとかそういうのではない。星歌としても今のは揶揄っただけの様子で、笑って流してから影司にバトンを渡す。
問われた影司は、やや驚いた様子で頬をかく。
「俺か……ちょいと長めの話になるかもなんだが良いか? 夕凪も」
「俺は全然」
「私も良いよー、むしろまた聞きたいな」
二人の了承を得て。影司はしばし何から言うか考えたのち、口を開いた。
「んーっと……初っ端から何言ってんだよって思われるかもしれんが……俺さ、家がまぁまぁでかいのよ」
「うん?」
「自分で言うのもなんだけど、結構いいとこの坊ちゃんってやつ。でもありがたいことに絶対跡を継げ系統の変な重責とかもなく、『子供の頃は様々な経験をさせる』っていう真っ当な方針のもと、興味を持ったことはすげぇ色々やらせてもらった」
具体的には、と影司が笑顔で続ける。
「ピアノを始めたいって言ったら、国内でも有名な講師に教わる尋常じゃない音楽の才能を持ったやつばっか集まる教室に初っ端から放り込まれて」
「ん?」
「絵をやってみたいって言ったら、同様巨匠先生のアトリエに行かされて初日で同い年くらいの子にデッサンでボコボコにされた。その子今海外に行ってるらしい」
「おう?」
「サッカーもなー、早いうちにトッププロチームの下部組織のセレクションに五回くらい連れてかれてぜーんぶ落ちて……まぁ後はお察しだ」
なんとなく、話の流れが見えてきた。
「先に言っとくと、親に悪気は一切無かったぞ? 早い段階で高いレベルを知っておくべきってのは方針として全然悪くねぇ、実際親父もそうやって成功していったらしいし、それを息子にはもっと早く知って欲しかったってだけなんだろうさ。……でもよー」
そこで影司は、なんとも微妙な笑みと共に目を逸らして。
「それはそれとして――レベル1の人間をラスダンにいきなり放り込んでレベルアップできるかって言われたら違うだろ、と」
「……」
結果、影司はそれらの場で瞬殺されたのだろう。能力ではなく、精神的な面で。あまりにも、早い段階で高いレベルを『過剰に』体感してしまったせいで。
燎も、仮にも一分野で競争する世界にいるから分かる。もし、自分が作曲を始めたての状態で影司と同じ経験をしたとしたら……心が折れなかった自信はない。
それを、きっと燎よりも遥かに小さかった頃に。更には一分野だけでなく、自分が興味を持った分野全てで同様の経験をしてしまったとしたら。
……想像しただけで、背筋が冷えた。
井の中の蛙大海を知らず、という有名な諺があるが。だからと言って、手足も生え揃わないうちから広い場所へ放り込んで良い、というわけでもないだろう。
燎がそう思ったのと同じタイミングで、影司もこう告げる。
「かくして、ちっちゃい頃からあまりに大海を知りすぎてしまった結果。何を始めるにしても恐怖が先に立ち、本気になれるものも見つからない。そんな、ザ・現代っ子な影司さんが誕生したのでした――」
無理もない。燎がそう呟こうとしたところで、
「――なぁんてくだらねぇオチにしてたまるかボケがぁああああああ!!」
その全てを吹き飛ばすように、突如ものすごい勢いで影司が叫んだ。
「!?」
「そこで折れちまったら本当に終わりだろうが! そこから全部諦めて? 『今時何を頑張ったってどうせ無駄ー』なんてほざいて結局何もしないつまんねぇ奴に成り下がれってかぁ? んなもん断固拒否に決まってんだろうがコラァ!」
驚愕に目を白黒させる燎に構わず影司は続ける。
「親父もなぁ! 『俺のやり方が悪かった』なんて謝ってんじゃねぇよ! 始めるって決めたのも、とんでもない場所と分かって行くって決めたのも俺だ! なのにその結果も失敗も丸々全部自分の責任にしてんじゃねぇ! 過保護も程々にしていただけませんかー!?」
「あ、大丈夫燎。いつものやつだし、こんなこと言ってるけど影司、両親との仲は今も超良好らしいから」
「後半は余計だね夕凪さん! 後大声出すことに関してはお前には言われたくないわ!」
燎の様子を見かねた星歌のフォローに、謎に冷静な突っ込みを入れたのち。
真正面から自分達に向き直り、多少声のトーンを落としつつ尚も彼は吠える。
「それによぉ、過去の経験から本気になれるもんが見つからないのはまだ良い。でも、だからって――今それを見つけるための努力をしなくて良い理由にはなんねぇと思うんだ」
「!」
「何に本気を出したら良いか分からない?
それが、彼がここに来た理由らしい。
……正直、想像以上だった。
「すごいでしょ? 私、中学の時これ聞いて影司と友達になったんだよね」
隣の星歌が笑いながらそう言うのにも、迷わず頷く。
それに影司は少しむず痒そうに頭をかいてから、再度口を開いて。
「それと、もう一つ」
どこか穏やかな顔で、こう続ける。
「……まー、今言った小さい頃の経験も正直飲み込めてるとは言い難いさ。とりわけ何か一つを極める系のことに関してはまだやってみることに恐怖があるし、無かったことにもできねぇ。でも……それでも、親父に連れられて色んなとこに行ったことを、まるっきり後悔してるわけでもねぇのさ」
「え?」
「確かに自信はボッコボコに砕かれたし、嫌な思い出でないとも言えん。……でも。もう色々とうろ覚えの中でも、自信が無くなったこと以外に――もう一つ、強く印象に残ったことがあってさ」
その『もう一つ』を。
笑顔と共に、影司は告げる。
「――すげぇ格好良かったんだ」
「――」
「格好良かった。俺よりもずっと能力のある奴らが、それでも今の自分に満足せず。ずっとずっと遠くを見て一心不乱に頑張ってた。能力があるからなんでも出来てたわけじゃない、むしろあるからこそ辛いだろう目にもたくさん遭って……それでも行きたい場所に向かって必死にやってた。親父に連れられたところで、そういう奴らをたくさん見て、すげぇなって思った。……俺もああなりたいって、憧れたんだ」
幼少期の経験で、自信は失ってしまった。
けれど、その代わりに憧憬を得たのだと、影司は語る。
燎は驚きの表情で、星歌は静かな笑みと共にそれを聞く。
「俺は、そいつらみたいな何かはまだ見つけられてないけど。でもいつかは見つけたいし、見つけた時にそいつらと胸張って並べるよう、今からでも頑張ってたい。だから」
そうして、締めくくりとして一言。
「――
語り切った上で一息ついて、もう一人の少女に目を向ける。
「俺の話はこんなもんかな、参考になれば何より。夕凪はなんかある?」
「そこで私に振るの!? 超ハードル高いんだけど!?」
いきなり話を振られた星歌は狼狽するが、ここで何も言わないというのも話を聞くと提案した身な以上あれだ。
それに、勿論。彼女も燎の話を聞いて、言いたいことが無いわけではないのだろう。
故にしばし考えてから……しっかりと、伝えたいことをまとめた上で口に出す。
「……うん。影司ほど参考になるかは分かんないし、しっかりとはしてないけど……燎の話を聞いて、素直に思ったことだけ言って良いかな」
「うん」
「これは……張本人の私たちが言って良いことなのか分かんないけど、それでもさ」
自分も抱えているものをそっと外に出すように、胸の前で拳を握って告げる。
「……私たち、まだ十五歳だよ」
「――え」
「高校も入ったばっかで、これから色んなことを経験すると思うし、したいと思う。それなのに、もうこの段階から『これしか出来ない』って諦めるのは、嫌だな」
普段の彼女よりも、静かなトーンの声。きっとそれは、彼女も思っている内心の不安を飾ることなく告げているからだろう。
「それに……思ったんだけど」
その上で探るように、或いはどこか願うように一言。
「燎の言う『夢』ってさ。そんな――何かを諦めないといけないようなものなの?」
「!」
「勝手な印象だったらごめん。でも……今までの君を見てる限り、そうは思えないんだ」
その言葉は、何故か刺さった。
晴継に言われたことと同じ方向だからかもしれないし、それ以外の理由かもしれない。
そこまでは分からない……けれど、聞き入れる価値は間違いなくあると思った。
話が概ねまとまったと見て、影司が口を開く。
「どうだ? なんか分かりそうか?」
「……ああ、助かった。まだはっきりとは見えてないけど、とにかく……」
明確な何かに近づいたという実感はあった。
それに……二人の話を聞いた上で、一つ浮かんだ感想は。
「……とにかく。今の自分が格好悪いってことは分かった」
「それは間違いなくそう」
「そこまでは……いやまあ正直私も珍しくその、うにうにしてるなとは思った」
「容赦ないね君ら!」
大分落ち込んでいたと思うのだが、そこまで優しくはしてくれないらしい。
星歌も恐らく「うじうじ」とまで言うのを躊躇って謎の擬音を使ったのだろうが多分あまり効果はない、むしろその気遣いが痛い。
それを聞いて星歌と影司が笑い、いつもの三人の空気が戻ってきたところで。
「うん、本当助かった。後は自分で考えてみる」
燎も立ち上がる。とにかく、今は行動したい気分だったから。
見送ってくれる二人に、最後に一言。
「……貸し、一つずつ増やしておいて」
それだけを伝えて、教室を後にするのだった。
◆
燎が教室を出てから数秒ののち。
影司が、静かなトーンで呟いた。
「……すげぇな、あいつ」
「うん」
星歌も躊躇うことなく頷いて。
「普通さ、俺ら一般組の言うことなんて一芸組にはそこまで真に受けてもらえないと思うじゃん。もらえなくても文句は言えねぇだろうし」
「だね。理想論って言われても仕方ないと私も思った」
あそこまで真っ直ぐに、自分たちの言葉を聞いてくれたことそれ自体を称賛する。
「多分、あいつも俺らには想像もつかないくらい色んな経験して、それで考えた結果としてああいう風に悩んでんだと思う。一芸組ってことは、入学するまでも俺らよりずっときついとことか上手くいかないとことか色々見てるだろうし」
「実は私、話聞いてちょっと怖くなってたよ。安易に聞いて良かったことだったのかなーって、まだ何をしたいかも明確に決めきれてない私の言葉なんて響くのかって」
でも、彼はちゃんと聞いた。
少しばかり強引に聞き出したが、その時の反応を見るに……きっと、自分たちが何もせずとも近いうちに彼の方から相談は持ちかけてくれたんじゃないかと思う。
その上で、何も知らないからと無視せず言葉をちゃんと受け止めて。多分それは、思っているよりもずっと素晴らしい彼の長所なのだろう。
そんな様子を見ていると……
「……ほんと、負けたくないなぁ」
「お前はそれしか言えんのかい」
「おーやるかー? というか影司こそ謝りなよ? 格好悪いなんて思ってないでしょ」
「いやだってあそこはそういう流れだったろ!? ちゃんと明日謝るけどさ!」
そのまま、中学時代からの慣れたやり取りをしつつ。しばらくの間、共通の友人の話題を続けるのだった。
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