9話 クラスメイトの女の子
そんなほたるとの一幕から、一週間が経ち。
もうすぐ入学後一月を迎えようとする燎たち新入生にとって、最初と言えるだろう大きなイベントを控えつつあった。
「そのイベント、なんだと思う?」
「勿論分かってるよー」
教室で、それを話題に上げようとする影司に対し。
星歌が、大変良い笑顔でこう答えた。
「中間試験だよね!」
「体育祭だよ! 嫌なことを思い出させんな!」
多分確信犯だろう星歌の言葉に、頭を抱えつつ影司が叫ぶのだった。
いつもの平和なやり取りだなとの感想を持ちつつ、燎も話に加わる。
「まぁでも、試験も無視はできないよな。普通に勉強難しいし、赤点も補習もあるし」
旭羽高校は、一芸入試をはじめとした『勉強以外のこと』を応援する風潮が強い。
だが――同時に進学校でもあるのだ。
勉強に関しても相応に難しい。学校側としても文武両道ならぬ学芸両道を掲げており、各種試験や課題からは「『やりたいこと』を都合良く言い訳にして学生の本分をおろそかにするのは許さんぞ」という無言のメッセージすら感じられる。
「変な物量課題とかが無いのはありがたいけど、その代わり定期試験はガチっぽいんだよなーこの学校。試験勉強しんどそうな気配しかしねぇ」
「影司、普通に頭は良かったよな? それでもしんどいのか」
「勉強できようがしんどいもんはしんどいんだよ! というか燎、一芸入試組はその辺り便宜を図ってもらったりとかできねぇの?」
「残念ながら無理。そういうのが許されるのはそれこそ先輩クラスの人だけだよ」
クラス分けがされていないことからも分かる通り、基本入学後は一芸入試組も一般入試組も勉学面での扱いは同じだ。
一応、頼めば課題の量や出席日数等を調整してもらえる制度もあるにはあるが、それも余程のことがなければ通らない。燎の言った通り、例えばほたるくらいの人間がどうしても外せないプロとしての用事がある、とかそのレベルの理由が必要になる。
「だから、試験に関しては一芸入試組もきついよ。自分たちより難しい入試を突破してきた一般入試組と同じ基準で定期考査を突破しないといけない訳だし」
「大変なのはお互い様ってかー。その辺りはしっかりしてるよなぁここ」
「俺としては、変に扱いを変えられるよりはこっちの方がありがたいけどね」
燎も、この制度自体に文句はない。学校側の言うことももっともだし、試験勉強も手を抜くつもりはない。いつも通りやるだけ、と気合いを入れていたところ。
「それじゃあさ、一個提案があるんだけど!」
話の区切りを待っていた星歌が、明るい口調でこう切り出してきた。
「影司。定期試験でやってたいつものやつ、高校でもやらない?」
「あー、あれか」
続けて告げられた言葉に、影司も納得したような表情を見せる。
当然分からないので、燎が首を傾げながら問いかけた。
「いつものやつって?」
「うん。成績バトル」
「成績バトル」
随分な響きに思わずおうむ返しをしてしまった。
「そ。単純に、定期試験の成績で競うの。教科ごとにするか総合成績にするか、勝った方の報酬は何にするかとか色々変えて、影司と中学のときたまにやってたんだよね」
「なるほど。ちなみに、戦績はどんなもんだったの?」
「燎。過去に囚われすぎるのは良くないことだと俺は思うんだ」
「OK大体把握した」
どうやら影司が負け越しているらしい。
「でも、面白そうだね」
「でしょー? だから今度の中間試験、それを――燎も一緒にやらない?」
「……え、俺も?」
すると、思わぬ提案をされた。
驚く燎に、星歌はむしろ誘わない方が意外という風に口を開く。
「全然勝負になると思うよ? だって燎、一芸入試組で勉強きついって言うけど……授業とか見てる限り、多分成績私たち一般入試組とそんな変わんないでしょ?」
「!」
「それはそうだな。小テストとかも普通に俺の分かんなかったとこ解けたりしてるし」
「いや、まあ……一芸落ちたら一般で受けるつもりだったし、相応に勉強はしてるけど」
思った以上に見られていたことに困惑しつつ、そう答える。
「せっかく高校で仲良くなったんだから、やっぱこういうのは一緒にやりたいじゃん? 影司との対決だけだと最近私が勝ちっぱで飽きたし」
「おう貴様表出ろこら」
「それにさ。……まー実を言うと私も言うほど勉強大好きってわけじゃないし、確かにちょっと面倒だなーと思うこともなくはないけど――」
影司が噛み付くのをさらっとかわしつつ。
少しはにかみながら、星歌はこう告げてきた。
「――だからこそ。
「……確かに」
今の意見には、素直に納得したし感銘を受けた。
無論何もなくとも燎は、自分の性質的にも試験勉強に手は抜かないだろうが。
それはそれとして……『頑張る理由を増やす』というやり方は悪くないと思った。
そう考え「そっちが良ければ是非俺も」と頷くが、そこで。先ほどの意趣返しか、影司が揶揄い混じりの表情でこう言ってきた。
「とか言って、お前自身が何かで勝負したいだけだろ?」
「……うぐ。それも無いとは言わないけど」
「勝負事好きだもんなぁ夕凪。ちょっと聞いて欲しいんだが燎、中学の時に――」
「何を言うつもりかな!? 言っとくけど中学の話ならこっちも手札があるんだからね、相互確証破壊だってことを踏まえて発言するように!」
「とりあえずいきなり俺を挟んで殴り合うのはやめてくんない!? 俺を挟まなくてもやめて欲しいけど!」
ちなみにその後、無事騒ぎすぎた三人揃って教員の注意を受けた。
◆
そんなこんなで、放課後。中間試験で成績勝負をする内容を軽く詰めたのち、燎は影司に頼まれて生徒会の手伝いをしていた。
中間試験の後にあるイベント、体育祭の用意で生徒会も今から慌ただしくなっているのである。一応中間と比べればまだ一月近く先とは言え、生徒主体の大規模なイベントではあるので既に相応の準備は始める必要があるのだろう。
「悪ぃな燎、この辺りはどうしても人手が必要でよ」
「別に良いよ、普段世話になってるしこのくらいは」
そういうわけで。倉庫から大道具を運び出しつつ、燎と影司は会話を続ける。
「本当は夕凪も呼びたかったんだが」
「いや、あそこに女子は呼びづらいでしょ……死ぬほど埃被ってたし。それに、夕凪は今日大事な用事がある」
「ああ、今頃ライブハウスだっけか」
そうすると自然と話題は共通の友人、星歌に移る。
この学校の校風、その例に漏れず、星歌も『勉強以外のやりたいこと』を持っている。……明確にそう言えるかも含めて色々と事情こそあると燎も知っているが……ともあれ、本日の星歌はそれに関連した自身の用事でここには来られていない。
「今日は終わり次第そっちにも呼ばれてるよ、お疲れ様会的な感じで。……影司はやっぱ行くのはきつそう?」
「すまんが言った通り生徒会で無理そうだ、メッセだけ送るわ。……にしても、軽音楽部の先輩の推薦があったとはいえ、もう助っ人ボーカルとはな。すげぇじゃん」
同じくある程度事情を知る人間として、影司も素直な敬意を含んだ笑顔でそう告げる。
今日の教室での会話からも分かる通り、影司と星歌は同じ中学の出身らしい。燎のように遠方からの入学ではなく、地元から一般入試で入ってきた者同士とのこと。
中学から親交はあるらしく、実際周りの目からも仲が良いのは分かって、付け加えると二人とも容姿は非常に整っており人目を引く。……そしてそうなると、高校生という立場上避け得ない問いを何度かぶつけられている。
すなわち――あの二人は付き合っているのか、という類の。
だが、これは二人ともさらっと否定した。特に含みもないあまりにもフラットな否定であり、『ああ、多分中学の頃から何回も聞かれているんだろうな……』と察せられるくらいのフラットさだった。皆も納得しており、その後は燎も含めて単純に仲の良い三人組として認識されている。
確かに、燎から見てもこの二人は……あくまで印象だが、兄弟姉妹の距離感が最も近いように感じる。だが当然、そこを変に推測するつもりも無理に掘り下げるつもりもない。高校からよく話すようになった立場として言えるのは、とにかく二人ともものすごくいい奴、ということだけである。
そんなことを思いながら、一つ作業を終えて。
影司と共に自販機の前で休憩していると……こんな声が聞こえてきた。
「――夕凪さんってすごいよね!」
「!」
「お?」
見ると、同じ一年生らしい女子生徒二人が会話しながら歩いていた。
燎の知る限り一年に夕凪、という苗字は一人しかいないはずなので、恐らくは自分の知る夕凪星歌のことだろう。
「すごい見た目格好良いしオシャレもしてて可愛いし、声も綺麗で堂々としてて!」
「うちのクラスの同じ中学出身の人と話してるの見たんだけどさ、同学年とは思えないくらい憧れの目向けられてた! でも分かるなー」
どうやら単純に星歌の噂話をしているらしい。やはり非常に人目を引く容姿をしており行動含め何かと目立つため、クラスの外にも名前が広がっているのだろう。
「運動神経も超絶良くて、成績もすごい上位なんでしょ? 完璧超人じゃん!」
「やっぱそういう人って居るんだね……よく同じクラスの二人と一緒に居るけど、そこの会話でも中心感が出てたし……住む世界が違う人って居るんだって思ったよ」
べた褒めだった。その後も星歌に対する好意的な印象を賑やかに語り続けながら、女子生徒たちはそのまま遠ざかって行った。
それが聞こえなくなったあたりで、影司が口を開く。
「……だ、そうだが?」
「まぁ概ね同意。すごい奴なのは一月未満の付き合いな俺でも分かるくらいだし、実際話しててもすげぇって思うことだって何度もあるよ」
今日話した時も、『楽しくやるための工夫』のくだりは普通に感動した。けれど……
「そうだな、俺も概ね同意だ。でも――」
その燎の心中を読んでか否か、影司はこちらを向いて、こう問うてきた。
「――『完璧超人』ってイメージ、あいつにあるか?」
静かな問いに。
改めて燎も考える。入学初日に出会った彼女の印象と、そこから今日まで話して彼女の人となりをある程度知った上での、自分の中での星歌のイメージ。
それらと照らし合わせて吟味した上で……燎は答える。
「――ごめん、やっぱあんまりないかも」
「……」
「あ、いや! 馬鹿にはしてないし、あくまで俺の印象だよ!? 夕凪はいい奴だしすごい奴だし、尊敬できるところもめっちゃある。でも……」
その評価はどうしてか、燎の中では今一つ当てはまらないのだ。
「知り合って一ヶ月も経ってない俺のイメージだから正直信憑性は薄いと思うし、さっきの子たちの印象も全然間違ってはないと思うよ。……けど、俺の印象だと夕凪は――」
その上で。自分の中で、星歌を一言で説明するのなら――と、一言述べる。
その答えを聞き届けた影司は……何故か、喜ばしそうに笑って。
「はっはっは! ……そうだな、俺もそう思う」
「?」
謎に肩を叩かれた。
そのままややテンションの上がった影司に困惑しつつ、残りの手伝いを終えるのだった。
燎の、星歌に対する印象。
それをより強く実感する機会は――意外にも、その直後にやってきた。
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