5話 きっと、素敵な先輩と

「――きみの曲のイメージイラスト。描いてみたんだけど、どうかな?」



 目を奪われた。

 描いてあったのは、手を広げて空を自在に駆け回る女の子の絵。

 自分が最初に憧れた原点である曲を追いかけて作った、今の自分の最高傑作。

 それを作った時にイメージしていた画像と、あまりにもぴったりで。それだけでもちゃんと曲を聴いて作ってくれたことが伝わって。

 同時に、ただただ尋常ではない一枚絵のクオリティにも惹き込まれる。それに驚くと同時に……それはそうだ、という思いも浮かぶ。

 だって、彼女のやっていること。自分も晴継から聞いていた、彼女の『本職』。


 旭羽高校二年、夜波ほたる。

 職業、漫画家。


 志望、ではなくれっきとした本職。一年の時に描いた読み切りを契機に月刊誌で連載を持っている連載作家。

 学校の特色からそういう生徒が集まりやすい旭羽高校においても、なお現役では数人しかいない『プロ』と呼ばれる存在。


 燎も、連載している作品は晴継に見せてもらった。

 ジャンルとしては……一応ポストアポカリプス、になるのだろうか。一応、と付けたのは、その単語に付随する退廃的な雰囲気がその作品には欠片もなかったからである。

 神様に見捨てられた(と思われている)世界で、けれど『むしろ居ないなら自由にやっちゃおう!』と愉快に生きる少女たちの日常を描いたお話。

 コミカルかつ破天荒だけれど根本にあるものはすごく優しい世界観で、出てくる子たちは皆どこか憎めなくて退廃なんて感じさせないほど生き生きしていて。

 底抜けに明るく冒険心に満ちた主人公の魅力と、作品を通した『少し不思議』要素が起こす小さな奇跡。それを描くのがお話の演出面でも絵としての描写面でも抜群に上手く、感動したことを覚えている。


 それを描いた人、と情報では知っていたつもりだった。

 けれど、実際にその通りの絵柄で自分の作品を表現してくれたのを見て――改めて本当にプロなのだ、とリアリティを持って実感すると同時に、先刻部屋の向こうに見たものも合わせて不思議な感慨が湧き上がる。

 そのまま、文字通りのプロの技にしばし意識を囚われていた燎だったが。

 そこから復帰すると同時に……とある疑問が浮かんで、それを口に出す。


「というか……場合によってはこれを出さないつもりだったんですか?」


 何故だ、と大真面目に思った。

 むしろ真っ先に出すべきものだろう。多分大半の人がこう答えると思う。


「え?」

「先輩、漫画家さんなんですよね? じゃあえっと……例えば先輩の漫画のファンアートとかを書いてくれる人がいたらどう思います?」

「もうその時点でその人への好感度が限界突破するけど……」


 思ったよりも振れ幅が大きかった。

 でもまあ、そういうことだ。


「そこまでではないかもしれませんが、方向性は俺も同じです。……嬉しいですよ。今までで、一番」

「!」


 同時に顔を上げて、ほたるの向こう側。開け放たれた扉の中を見る。

 あれは作業部屋だろう。漫画家としての執筆作業を行う部屋だと、一目見て分かった。だって。


 積み上げられた、ネームの数々。

 使い込んだのだろう参考書の山に、デッサン人形等の道具。

 何より目立つのは、部屋全体を埋め尽くさんとする紙の山。


 それを見ただけで分かる。彼女がこの年齢で一つの道でプロと呼ばれるようになるまで、どれほどの研鑽を積んできたか、どれほどの熱量を持って描き続けてきたのか。

 その光景と、彼女のここまでの行動が繋がって。燎の中で一つ、彼女のイメージに芯が通る。


 きっと、彼女はずっとこうしてきたのだ。

 自分の『やってみたい』に嘘を付かず、走り続けて。

 そんな自分を保ったまま、今プロになるまで自分の技術を高めている。

 いたんだ。



 ――自分以上に何かに『全力』の人が、ここにいたんだ。



「……はは」


 何ヶ月かぶりの、心からの笑いが漏れる。

 不思議なもので……かつての仲間との決別の時からずっと感じていた、自分の中の後悔をはじめとした暗い感情。

 それが、今この瞬間だけは、さっぱりと消えていた。

 薄情と思われるかもしれない。けれど、今そう感じたことは嘘ではなくて。


 ほたるは燎の様子を不思議そうに見ていたが……悪印象を持っていないことは伝わったのだろう。彼女も安堵したように、嬉しそうに笑って。


「にしても……改めて、ここまでしますか」

「するよー。だって――」


 その上でこぼした燎の言葉にも、素直に反応して。もう一度燎の前へと立って、ふわりと……見た目通りの透明感を宿した表情で微笑み。

 ここまでの行動原理。先ほど答えきれなかった、彼女の『やりたいこと』を告げる。



きみと・・・仲良く・・・なりたいの・・・・・



 言ってみればあまりにも単純で純粋な、なんの衒いも邪気もない好意を。


「ちょっとずつ交流して、少しずつ距離を詰めて仲良くなっていく……っていうのも、素敵だとは思う。でもあたしは、それも勿体無いように感じるんだ」

「……」

「だったらもう、最初から全力でぶつかって『あたし』を見せちゃおっかなーって。そうやってあたしは、仲良くなれる人とはすぐに仲良くなりたい。やりたいことを躊躇っている時間なんて、特に高校生の間には無いって思っちゃうから」

「でもイメージイラストを見せるのは躊躇してましたが」

「それはそれなの! あたしだって恥ずかしかったりはするんだから!」


 最後は突っ込んでしまったが、それでも十分に伝わった。

 彼女のここまでの行動は、言葉にすればただただシンプル、燎とできる限り早く仲良くなりたかったから。

 ……改めてそうまとめると気恥ずかしいどころの騒ぎではないが、同時にそう見てみると燎の中でも一つ思うところがある。


「ありがたい、です。でも、少し申し訳ないですね」

「え?」

「いや、なんというか……先輩にここまでしていただいたのに、俺は土産を持ってきただけじゃないですか。あまりにも俺が何もできてないのが申し訳なくて」

「あたしがやりたくてやったんだから気にする必要はないけど……あ!」


 それを告げると、ほたるは一つ何か閃いたような表情で。


「じゃあさじゃあさ! やってみたいことがあるんだけど!」

「本当に無限に出てきますね」


 ここまでの交流でもよく分かった凄まじいバイタリティを見せつけられる。だがともあれ自分にできることなら、と続きを促す燎に、ほたるは指を一つ立てるとこんな提案をしてきた。


「――一緒に活動、してみたいな」

「?」

「えっとね、特に何かをするってわけじゃないんだけど……時々一緒の空間で創作をする感じ。それで、時々息抜きにお話をしたり」


 作業通話とかはしたことあるけど、同じ場所でやったことはあんまりないんだよねー、とほたるは語る。


「あきはらくん、はるさんに呼ばれたってことは多分すごいこれまで曲頑張ってきた人なんだよね? そういう人と一緒に頑張るのは、あたしにも刺激になるからさ。……どう、かな?」

「それは……」


 むしろ燎にとっても、願ってもない話ではないだろうか。

 元々自分は、作曲活動の行き詰まりを打破する何かを探しにここにきた。そして、ある種の自分の先達でありどう見ても学ぶところの多いだろうこの先輩と一緒に活動をさせてもらえるならば、間違いなくプラスになるだろう。


 けれど……単純に、自分程度で良いのだろうかという思いもある。

 だって、ジャンルこそ違えど向こうは既にプロとして活動している存在。対して自分はネットに大して伸びない曲を投げているだけ、プロと比べれば誇れる実績は一切ない。

 自分と一緒に何かをしたところで、ほたるに得るものがあるとはとても……


(……いや、違う)


 そこで思い直す。

 多分それは逃げの言い訳だ。自分よりも遥かに先を行く存在を見せられることに対する恐怖を誤魔化しているに過ぎない。

 向こうが良いと言ってくれていて、自分にとっても何かを得られる申し出。であれば、迷う必要なんてないだろう。それに比べれば、恐怖なんて些細なことだ。


 それに。

 彼女について晴継に聞いた時に、もらった一つのアドバイス。


『……君が今突き当たっている壁について、僕は詳しくは言えない。そもそもどんなものかはっきりと理解しているわけでもないしね。でも……その上で、僕のただの直感で、変なことを言っていると取られても構わないけれど、それでも聞いてくれるなら』


 かなり迂遠で控えめな、けれど不思議な確信じみた直感によるその一言。


『――彼女から・・・・学ぶと良い・・・・・。きっとあの子は、様々な意味で君の先達だと思う』


 それを、今思い返し。

 ……そうなのかもしれない、と今までで一番思った。この、僅かな時間話しただけでもとんでもないと分かる先輩から得られるものは、すごく多いだろうと。

 であれば、きっともう迷う理由はない。そう思って、口を開く。


「……むしろ、こちらからお願いしたいくらいです」

「!」

「そちらが問題ないのであれば……是非。よろしくお願いします、夜波先輩」


 素直に笑って。改めて名を呼んで、頭を下げる。

 ……けれど、てっきり明るい声での返答が来ると思っていたほたるが黙ったままで。訝しんで顔を上げると……何故かほたるは軽く興奮に頬を染め。

 どういう表情だ? と尚更首を傾げる燎に対し、口に手を当ててこう言ってきた。


「今の先輩って呼び方、すっごく良かった……!」

「……さっきからちょくちょく思ってましたけど、ひょっとして先輩呼びに結構憧れがあったりします?」

「そうだよ! だってあたし先週まで一年生だったんだよ!? 中学の時の後輩は呼んでくれなかったし、あとなんでか分かんないけど全然敬われてる感なかったし!」


 それはなんとなく分かる気がする。

 心中で納得する燎に、ほたるは控えめに一つ指を立てると、願うような口調で。


「だからその……ちょっと今みたいな感じで、もう十回くらい先輩って呼んで欲しい!」

「指一本十回はかなり大胆に盛りましたね……」


 そんなやりとりを挟みつつ、思った以上にお互いを知った歓迎会は過ぎて行く。



 ……普通に気のせいかもしれない。新入生によくある、期待が高まりすぎたが故の勘違いかもしれない。

 でも、それでも。ここでのやり取りだけで、思ったことが一つ。


 確かに。ここで何かが、変わる気がした。

 今までに無いくらいの楽しい何かが、待っている気がした。

 そんな予感をより強く感じた、入学前の――そして入学後も。深く関わることになる、先輩との出会いだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


以上が、入学前のお話となります。

次話から入学後のお話。個性的なクラスメイトや先輩との交流で、成長していく燎君の様子を見守って頂けると嬉しいです。

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