2話 スカウト
謎の男性は、
「格好良い名前ですね」「流石に君には負けると思う」とやや気の抜けたやり取りを挟みつつ、会場の傍に移動。
軽く話をするついでに、と自販機で飲み物も買ってもらった。燎も最初はそれくらい自分で払おうと言ったのだが、
「いや、こういう場で中学生にお金を出させたって知られたら僕が怒られちゃうから!」
「そういうものなんですか」
「そういうものなのさ。……それに」
燎の疑問に、晴継は苦笑しつつ続けてこう答える。
「僕たち大人の時間よりずっと貴重な、学生さんの時間をもらうんだ。怒られるとか抜きにしても、これくらいはさせて欲しいな」
「……」
……この人が何者なのかは、未だ分からないけれど。
やはり、悪い人ではないと思う。無論燎もまだ中学生とはいえ、聞こえの良い言葉だけを並べてこちらを取り込もうとする大人もこういう界隈に居れば多少見てきた。
けれど、そういう人たちから感じたどこか嫌な印象を晴継からは感じない。自分が見抜けていないだけと言われればそれまでだが、先ほど見せた異様な洞察力も含めて、この人とはもう少し話してみたいと思ったのだ。
「そっか。じゃあ君は、最初は一人の作曲メインで活動してたんだ」
そうして最初に聞かれたのは、活動の経緯。
バンドを組むまでの流れを総括した晴継の言葉に、燎も頷く。
「ええ。それを知ったさっきの三人が、丁度キーボードを探していたこともあって俺に声をかけてきたのがあのバンドの成り立ちです」
「で、君はそれを受けたと」
「……はい。実を言うとその時期作曲に行き詰まっていて、今までとは違う何かをする必要があるんじゃないか。そう思っていたこともありましたし……それに」
「それに?」
「……すごいと、思ったんですよ」
あの日、バンドに誘われた日に見せてもらった彼らの演奏。
それを思い返しながら、燎は静かに告げる。
「全員、めちゃくちゃ上手かった。同じ中学生の中では見たことがないくらいに上手で、この人たちが自分の曲を一緒に演奏してくれるんなら、すごく嬉しいと思った」
「……」
「そして何より、全員が熱かった。音楽でどこまでも行ってやろうと本気で思ってて、そういう奴らと頑張れるのなら……そう思って、加入を決めました」
そうだ。燎が話を受けたのは、ただ単純に誘われたからだけじゃない。
すごい可能性を、彼らから感じたからだ。どこまでも行けると思わせるくらいのものがあって、だからきっと今日だってこれまでに無いくらいハイレベルな会場に呼ばれることができて。
――そして。皆が本気なら絶対に、あそこでも埋もれないくらいの演奏だって、できたはずなのだ。少なくとも燎は、そう思って。今でもそう思えるくらいの輝きをあの日の彼らに見たからこそ、あの日も話に前向きになって。
……だからこそ、辛かった。
あの日感じた情熱が褪せていく過程が。少しずつ練習に身が入らなくなって、小さな躓きを大仰に表現するようになって。大手の対バンに誘われたことだけで満足して、『こんなもん』『この程度』という言葉が増えていく、その過程が。
勝手な期待と言われれば、その通りだろう。
元々あの三人が始めたことで、自分はある種の人数合わせで誘われたただの助っ人のようなもの。その立場の分際で出しゃばりすぎたと突きつけられれば、何も言えない。
でも、それでも。
「――俺は本気でしたよ」
あの日の三人。
きっともうここには戻ってくることのないかつての仲間たちを思い返し、彼は呟く。
「本気で、こいつらとなら。そう思えるだけのものがあの日の三人にはあったし、それに応えるつもりで俺も今日までやってきました。……でも、また」
「ああなった、と」
「っ」
「それで……また、ということはこれまでも同じようなことはあったのかな?」
「……ええ。流石に程度の大小はありましたけれど」
例によっての察しの良さを見せる晴継に、自然と燎もそこに触れる。
自分の、きっと周りとは大きく違うだろうところに。
「……多分俺は、『手を抜く』ってことが他の人と比べて極端に苦手なんだと思います。その影響で、ここまでも色々言われたりしました」
「……なるほどね」
「勉強にも運動にも、他の些細なことにも。『何事にも全力で偉い』と褒められることもありましたけれど……同じくらい、『何こんなことに本気になってんだよ』とも言われました。これが良いことなのか悪いことなのか、俺には分かりません。……ただ、そうせずにはいられないってだけで」
「確かにそれは僕にも分からないな。多分、最終的には君が決めるべきことなんだろう」
あくまでフラットな目線、話を聞いている初対面の大人のスタンスを崩さないまま、晴継はそう答えた後。
「だから、僕が今聞きたいことは一つだ。……君は、これからどうする?」
穏やかに、けれど踏み込んだような口調で、そう問いかけてきた。
「……」
これから、どうするか。
それに込められた意図を正確に汲み取った上で……迷わずに、燎は答える。
「辞めませんよ、俺は」
それだけは、自分の心の中で既に決まっていること。
「言ってもバンド活動の方は……元々あいつらと一緒ならやりたいってことだったので、あの三人が戻らない限りはまたやることはないかもしれません」
「……」
「でも……俺が一人でやっていたこと、やりたいこと。作曲活動は、絶対に辞めません」
「
痛いところをついてきた。
晴継は、時折こういう容赦のない物言いをしてくる。けれど燎にとってそこまで不快に感じないのは……きっと、それがちゃんと向き合うべきことだから。
だからこそ、真正面から向き合った上で燎も答える。
「それでも、です」
晴継の……そして、先刻バンドリーダーにも言われた通りだ。
あの会場において、自分は何一つ通用していなかった。それは演奏もそうだし……自分にとって一番自信があった、自分の作った曲だって例外ではない。あの場で全てにおいて一番下手だったし、それを込みでセッティングされた前座の役割すら果たせず、ただお客さんを盛り下げただけで終わってしまった。
『それはそれとして、曲だけは良かった』。そんな甘い展開になんてなりようもないことは、燎が一番分かっている。全力でやり切った分だけ一部の言い訳の余地もなく、今日最もボコボコにされたのはきっと自分だ。
「これでも、一年と少し作曲やってんです。自分がちょっとやっただけですぐに素晴らしいものを生み出せる大天才なんかじゃないってことは、嫌ってほど思い知ってます」
だからこそ、あいつも今日こう言ったのだろう。
――『身の程を知ろうぜ、燎』と。
「……いやだ、っ――」
もう一度、それに答える。
今日全く通用しなかった、だからなんだ。
上を見上げればキリがない、それがどうした。
それでも、辿り着きたい場所がある。ありきたりかもしれないけれど、自分にも憧れた曲があって、作り上げてみたい理想があって、追いかけたい存在がいるのだ。
だから、それらの感情を全て含めて。
彼に言われた言葉の返答を、ここで燎は改めて叫ぶ。
「たかがいっぺん叩き潰されたくらいで、身の程なんて知ってたまるかッ!」
今日のことは、ちゃんと苦い経験として刻む。『良い経験だった』なんて誤魔化しはしない。周りのレベルが高かったことを言い訳にもしない。
そして、それを自分の限界を定める理由にもしない、したくない。
そんな決意を込めての言葉は、思いの外強く響いて。
……強く響きすぎたため、燎も落ち着きを取り戻す。
「……っ、すみません、さっき大声はやめろと言われたばかりなのに」
「え、ああいやいや、そこはいいよ。その辺りも込みで少し遠くに移動したんだし」
慌てて頭を下げるが、晴継は気にするなと目の前で手を振る。
の割には驚いているように見えたが、と訝しむ燎の前で……晴継はどうしてか、嬉しそうに微笑んだのち静かに燎に向き直る。
「……うん、いいね」
「えっ、と?」
「その、色々と試すようなことを言ってごめんね。僕の中で結論は出たから……もう一度、自己紹介をさせて欲しいな」
首を傾げる燎の前で、晴継は胸に手を当てる。
「僕は天瀬晴継。普段は編集者をやっているんだけど、副業としてこの場における役職は……スカウトマン、ってことになるのかな」
「スカウト……?」
「ああ、先に言っておくと音楽関連ではないよ。けれど……きっと、君にぴったりな『高校』を一つ紹介できると思う」
高校。
中三の燎にとって、決して無視できない単語を述べたのち。
「僕はそこの出身でね。他の全ての高校を網羅していると言えるほど詳しいわけではないんだけれど……それでも、独断で恥じることなく、こう言わせて欲しい」
言葉通り心からの自信を持った声と少しだけ悪戯げな表情で、こんなことを言ってきたのだった。
「暁原くん。『日本一楽しい高校』に、行ってみる気はないかい?」
暁原燎、中学三年の秋。
ひどい一日の最後に、謎の男性の話を純粋な興味で聞いてみたところ。
予感に違わず――彼の人生を変える出来事が、そこで待っていた。
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読んでいただきありがとうございます!
ここまでがプロローグとなります。次話からいよいよ本編である高校のお話、ヒロインの先輩も出てきます。ぜひ読んでいただけると嬉しいです!
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