バンドを追い出された少年が一人だけ最高の高校にスカウトされ、隣の美少女先輩に癒されて作曲家として成功するまで。
みわもひ
1話 中学の話
とある中学生バンドが、初めての対バンライブでボコボコに叩き潰された。
今日自分たちに起こった出来事を、一行で要約するならこうなるだろう。
……けれど、当然。きっと当事者にとってはその程度で済ませて良いものではなくて。
「…………」
夕刻、ライブ会場の外。
追い出されるように――と言うより、半ば以上逃げ出すように会場を後にした四人の少年が歩く。
全員同じように、言葉は発さない。
けれど、内に抱いている思いは全員違っていた。
いや、正確に言うならば三人が同じで、一人だけが違っていた。
それを証明するように、先頭を歩いていた少年が軽く前に駆け出し。
くるりと振り返って、こう告げる。
「まぁ、こんなもんだろ」
残る三人が、顔を上げて彼の方を見る。
それに合わせて少年が、へらりと笑って言葉を続けた。
「そんな気にする必要ねぇって。今日の対バンの面子見たろ? 全員ガチもガチ、聞いたとこプロデビュー控えてる奴らもいたんだぜ?」
「……まぁ、そうだな」
「中学生俺らだけだったし、しょうがないか」
残る二人の少年も調子を合わせ。それを受け、最初の少年も更に笑って。
「だろー? そもそも俺たちがあそこに呼ばれたこと自体場違いだったんだよ。セッティングした人の見込み違いってこと、俺――お前らは、何も悪くねぇよ」
「俺らは仲間内で楽しくやれりゃ良かったんだけどなぁ」
「恥はかいたけど、これも良い経験になったと思えば悪くないんじゃね?」
「そういうこと。だからさ」
二人の意見を聞き届けた後、バンドリーダーとして、こう締めくくる。
「
限界だった。
「――そんなわけないだろッ!!」
最後の少年――一人だけ違う思いを抱いていた少年が、叫んだ。
残る三人の少年が一斉にこちらへと向き。今までとは打って変わって、三対の真っ直ぐな視線を向ける……多分、睨んでいると言っても良い。
正直怖い。元々他人に対して強く自分を主張することは得意ではないのだ。
でも、今は。今だけは言わなければならないと思ったから。真っ直ぐに彼らを見据え返して、口を開く。
「全力でやった? 本当に、心から、そう言えるのか?」
まず言及するのは、最後の言葉。
全力でやった。美しい響きだろう、それが真実であるのならば。
でも、彼は知っている。自分以外のバンドメンバーが、ここ最近結成当初ほど練習に熱を入れていなかったことを。練習中にも『この辺にしとこうぜ』の言葉が増えたことを。
壁に突き当たった時に叩く手が弱まることを、上以外の場所を見るようになったことを。
「俺は思わない。これが全力だっただなんて、思いたくない」
それら諸々をひっくるめて、彼は叫ぶ。
「俺たちなら、もっとやれたはずだろ! 出来たはずだ、あのメンバーの中にいたって恥じないくらいの演奏だって――」
「何言ってんだ、お前」
けれど、バンドリーダーから返ってきたのは冷たい言葉。
「何でお前が俺たちが全力かどうか決めてんの? いつからそんな偉くなったんだ?」
「ッ」
「……まぁ、確かにお前がここ最近一番頑張ってたことは認めるわ。で、その上で言わせて欲しいんだが」
彼に近寄り、指を突きつけて、一言。
「――お前も通用してなかっただろうが」
「!」
「仮にお前が俺たちの中でぶっちぎりに上手くて、絶対的に俺たちが足を引っ張ってたとかならそりゃ説教も聞くよ? でも、そうじゃない奴に何で上から物言われなきゃなんないんだよ?」
「……上から、なんて」
「んで、一番頑張ってたお前ですらあの面子に手も足も出なくて客盛り下げて、しかもあれでも所詮一県の一地方のそこそこ優秀な奴ら、程度だろ? 俺たちがここから更に多少頑張ったところでどうなるよ? どうせ何にも出来なかったさ」
……反論できなかった。
バンドリーダーがこの中で一番口が上手いというのもあったが、言う通り自分が仲間内で突出した演奏をできていないことも事実だったから。言いたいこともあったが、その前では何を言っても霞むと思い、口を閉ざしてしまう。
そんな彼に向かって、バンドリーダーは意を得たように再度口を開き。
「こんなもんだよ。これが俺たちの全力、全力でやりきれなかったとこまでひっくるめて全力だ。頑張っても、どうしようもない。だから」
笑って――誘うように、何かを願うように笑いかけて、こう問いかけた。
「お前も身の程を知ろうぜ、
問われた少年は。
「……いやだ」
それでも、と。
小さく呟いたのち……そこから先の言葉を少々躊躇する。
それは、多分自分がずっと前から抱いてきた思いで、仲間の前で明確に口にすれば致命的なものになりうると直感していたものだから。
でも、ここに至っては言わないわけにはいかなくて。
だから彼は、彼も願うようにそれを口に出す。
「逆に聞きたいよ。――
今日これだけボコボコにされて、完膚なきまでに叩き潰されて。
なんとも思わない方がおかしいだろうと、燎は思ってしまうのだ。
そう考えて口にしたその言葉には、今日の件も含めて長く抱いてきた分の強い熱量がこもっていて。その言葉と……加えて彼の強い眼光に威圧され、バンドリーダーを始めとした三人が怯んだ様子を見せる。
でも、それでも。届くまでには至らなくて。
「……は。分かった、もう良い」
彼の言葉は彼の予想通り、決別を招くこととなった。
「お前の言う通り冷めたわ。今時こんな熱血押し付けてくるやつとは付き合ってられん」
直接的な言葉はない。
でも声色が、雰囲気が。自分たちに『明日』が来ないことを明確に告げていた。
「お前のせいでこれっきりだ。もう、一人で勝手に頑張ってろ」
……これまで燎が何度か言われた言葉を後半に告げ、他の二人の方を向く。
「行こうぜ。あいつはもう良いだろ?」
「……ああ」「そうだな」
二人を伴って、帰り道の方へと歩いていく。
最後に振り返り、皮肉げに笑って言葉を一つ。
「お前がいなかったら、もうちょっと楽しかったかもな」
「ッ、待――」
反射的に呼び止めようとするが、それは叶わなかった。何故なら。
「……あー、君たち」
向こう側から、別の人間の声がかけられたから。
その人間……見たところ二十代ほどの大人の男性が、少し困った様子で告げる。
「心中は察するけれど、ここで大声はできれば控えてくれないかな。お客さんがまだ残っている」
「……あなたは」
確か、ライブの関係者らしき席に座っていた一人だ。その中では一番若かったことに加え、独特な雰囲気を持っていたことから印象に残っていた。
そんな男性は、見た目通りの柔和な雰囲気のままこう続ける。
「喧嘩をするなとは言わないよ。でも、それは帰ってからにした方が良いんじゃないかい?」
「それには及ばないっすよ。もう終わったんで」
返したのは、バンドリーダー。軽く目を見開く男性に、足早に二人を伴って脇をすり抜け去ろうとする。
「……そうか」
男性は、それを受けて呟いたのち俯くと。
三人とすれ違いざま、静かにこう告げた。
「――良かったね。
「ッ!」
痛烈な皮肉だった。
多分、一部始終は聞こえていたのだろう。その上での今の言葉に、バンドリーダーは勢いよく振り返り、敵意を宿した瞳で睨みつける。
「なんすか、いきなり」
「……そうだね、すまない。今の言葉はいくらなんでも不躾に過ぎた。けれど……」
対する男性は、謝ったのち。困ったような、惜しむような表情で口を開く。
「……本当に。君たちは、それで良いのかい?」
言葉を受けた三人が黙り込む。表情を見るに、彼らにも葛藤はあったのだろう。
けれど、やはりこれも、動かすまでには至らなくて。
「いいんすよ! ……少なくとも、あいつとは」
最後にバンドリーダーがそう吐き捨てると、今度こそ三人ともその場を去っていった。
それを再度惜しむように見送ったのち、男性がこちらを向く。
「君も、すまなかったね。余計な言葉を言ってしまったかもしれない。恨むかい?」
「……いえ。もうどうしようもなかったと思いますし」
外部からの言葉によって多少は燎も冷静になった。その上で考えても……やはり、彼らを止める手立てはなかっただろう。
多分、もう戻ってこない。それを理解した上で、燎も改めて男性の方を向いて。
「恨んでもないです。……今のやり取りでも、あなたが良い人だというのは分かります」
「!」
「……お騒がせして、すみませんでした」
ぺこりと謝罪をして、燎もその場を去ろうとする――が。
「あー、っと。ちょっと待ってくれるかい?」
何故か、男性に呼び止められた。不思議に思いながら振り向くと、困ったような表情で頬をかきつつこう言われる。
「こんなタイミングで言うのはかなり申し訳ないんだけど……実を言うと、君たちを見つけたのは喧嘩を止めるだけが理由じゃなくてね。探してたんだ、君を」
「……俺、ですか?」
「うん。勿論バンドを組んでいる以上問題がなければメンバー全員に声をかけるつもりではあったよ。けれど……正直に言ってしまうと、一番興味があったのは君だ。だって」
疑問に首を傾げる燎に、男性は静かに微笑んで。
「君たちの演奏した曲。例外なくオリジナルだったと思うんだけど」
こう、告げる。
「多分、作ってるのは全部君だろ?」
「――」
今日一、と言って良いほどに驚愕した。
だって、誰にも言っていない。流石にバンドメンバーは知っているが、それに関する言及も指示も今日の対バンでは一切口に出した覚えがない。書類に作曲者も書いていない。
だから、今日自分たちを見ただけの人間には知りようが無いはずなのだ。
「なんで……分かったん、ですか?」
「演奏を聴いてなんとなくかな」
「はい?」
「君が一番、曲の抑揚や作曲者の意図を理解していそうな演奏をしていたから。その上でここでオリジナルを持ってくる意図や曲のクオリティ等諸々考慮すると、まぁ君が作ったと考えるのが妥当かなーと」
「それは……すごいですね」
「あ、勿論確信があったわけじゃなかったよ! そもそも僕は音楽の専門家じゃない、学生の頃かじってただけで本職は別にあるし」
「すみませんもう一回言わせてください、はい?」
普通に考えても尋常ではない洞察力と聴き分けの能力を持っていて、実際音楽のイベントに関係者として呼ばれるほどで、なのに音楽が本職ではない?
燎の頭が疑問符で埋め尽くされる。こんなことを言うのは少々あれだが、この瞬間だけはバンドの件を忘れた。
「何者……なんですか?」
「お、僕に興味を持ってくれるのかい? それは嬉しいな、じゃあ……その、本当にあんなことがあった後に申し訳ないんだけど……でも多分、今がいいかなと思うから」
そんな燎の言葉と目線を受けて、男性は言葉通り嬉しそうに笑みを深めて。
思ったよりも感情豊かに謝意と望みを口に出したのち、こう告げる。
「それらも含めて――暁原燎くん。少し、僕とお話をしてくれないかい?」
……本日、自分に起こった出来事。
とある中学生バンドが、初めての対バンライブでボコボコに叩き潰された。
そして――喧嘩別れののち、多分良い人なんだろうが謎の男性に声をかけられた。
どうやら、今日を説明するには要約しても一行では足りず。ひょっとしたら二行でも足りるのかどうか分からない。
そんな予感がしつつも、興味には抗えず。燎は頷いて、一応警戒はしつつ彼の話を聞きに歩み始めた。
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読んでいただきありがとうございます!
プロローグがもう一話続きます。
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