第4話 最終フェイズ イリクシア

 ブルーオーシャンは最終目的地であるイリクシア星系に接近した。滞時フィールドが解除され船全体が通常の時間の流れに復帰する。

 片舷噴射で船の姿勢を逆転し、熱核エンジンの噴射口をイリクシア方向に向け、噴射が開始された。0.1Gで54日間減速を続け、速度をイリクシア星系の公転速度まで落とすのだ。


 ミッション アンドロメダーのメンバーは最終判断を迫られていた。ペブルをいかにして救い出すか。ブルーオーシャンはイリクシア第3惑星に接近したら、3分割されることになっていた。まず、住居区画が速度を落として分離、本体は右舷と左舷に分かれて航行し、第3惑星を挟むコースで惑星圏に侵入、軌道上で衝突して運動エネルギーを相殺、構成物質を惑星全体に放出するのだ。


 まずペブルがどこまで大きくなっているかの計測が必要だった。全メンバーがペブルの許に向かう。クレーターも50m程度に広がり、その下の穴は果てしなく広がっているように見えた。

『ペブル、大きくなったわね』

 シンディの呼びかけにペブルは、

『シンディ、ヨウコソイラッシャイマシタ。ワタクシハペブル、ブルーオーシャンノアンドロメダー』

と答えた。シンディは目を丸くする。

『どうしちゃったの。その話し方?』

『オカシイデスカ?』

『そんなこと無いけど』

『アモンサンガオイテイッタキカイデ、ワタクシハオオクノコトヲマナビマシタ』

 シンディはアモンを睨みつけた。

『コワイハナシモアリマシタ。ヒトツノホシガコナゴナニコワサレテ、エネルギーニカエラレテシマウハナシトカ』

『うーん』

 どうやら映像記録だけではなく、娯楽作品の画像ソフトライブラリーを置いて行ったようだ。ペブルはそれも歴史的事実と捉えているらしい。

『デモオカゲデミナサンガワタクシヲタスケヨウトシテクダサッテイタノガワカリマシタ。ワタクシニデキルコトハ、ナンデモイッテクダサイ。ワタクシハペブル、ブルーオーシャンノアンドロメダー』

 

 ともあれ、ペブルと話をして協力を依頼することができるようになった。改めて測定したところペブルの体が船首部だけでなく右舷部にも広がっていることが分かった。衝突から救う方法として右舷部のペブルの周りの氷を壊し、ペブルを複合素材のロープで居住区域に縛り付ける方法が採択された。作業量は多かったがペブルが話す姿を船内で紹介したところ、新しく多くの協力者が得られた。

 それでもスケジュールはぎりぎりだった。作業は居住区域の分離の日まで続いた。全ての作業が終わり、シンディはニモと共に哨戒艇で、作業にあたった人たちの回収に回った。

満席になった哨戒艇での帰路、放棄された汎用作業車とすれ違う。瞬間、操縦席に剛毛の人の姿が見えた。

『ニモさん、止まって』

『え?』

『今、ミンさんの姿が』

『そんなはずはない』

『でも』

『どっちにしろもう遅い。分離が始まった』

 120基の熱核エンジン、そして中心部の10基のエンジンが起動した。ゆっくりと居住区画が分離していく。ペブルの黒い体もその中にあった。ニモは哨戒艇を居住区画に近づける。

 居住区画で何かが動き、シンディは目を瞠る。ペブルが触手を動かし、体を縛るロープを切断しているのだ。

『ペブル、何をしているの!』

『シンディサン、オワカレデス』

 全てのロープが切断されペブルの体が居住区画から離れた。居住区画は減速を続けている。

『どういうことなの?』

『ワタクシノミライハコノサキニアリマス。ホシトホシガブツカリ、ウズガウマレルトコロ、ソコガワタクシノミライナノデス』

『ペブル』

『ダイジョウブ、ワタクシノミライハアナタトトモニアリマス。ワタクシハペブル、ブルーオーシャンノアンドロメダー』

 はるか先で中心部を融かされた右舷と左舷が二つに分かれた。ペブルはそれを追いかけるように飛んで行く。


 居住区画で搭乗者を降ろしたニモとシンディは再発進しペプルを追った。第3惑星に接近した右舷と左舷は裏側で衝突した。巨大なレンズ型の雲に姿を変え惑星全てを覆っていく。ペブルはその中に姿を消した。


 7日後、惑星を周回する軌道に入った居住区域から降下艇の発進が始まった。紡錘型の降下艇は何回かの周回の後、白銀色に光る翼を広げ降下していく。展望キャビンから降下艇の群れを見守るメンバーの中に見慣れない姿があった。全身無毛のその女性が声をかけてくる。

「お疲れ様」

「ええと?」

「この姿は初めてよね。ミンよ、最後の作業の日に急に換毛が始まっちゃって。あわてて船外活動服に着替えて脱出したの」

「えええ」

「ほら、ペブルも回ってくるわよ」


 軌道上にペブルが姿を現わした。その姿は一回り大きくなっている。接近し、居住区画の近くを通り過ぎる際、ペブルは無数に増えた触手を上げ、展望キャビンに向けてゆらゆらと揺らした。

 惑星を覆った雲は雨を地表に注ぎ続けている。いつの日かペブルは地球の月のように青い海に潮汐を齎す存在になるのかもしれなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宙(そら)へ ~星を旅立つチャンスは三度~ oxygendes @oxygendes

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ