第3話 フェイズ2 バイラス

 移民船ブルーオーシャンがバイラス星系に侵入したのは、フェイズ1失敗から船内時間で35日後、船外時間で959年後のことだった。

 メンバーが訪れると、ペブルは直径20mに成長していた。クレーターは奥の方が広い洞窟状になっていた。

『山椒魚状態だね』

 アモンが呟く。

 シンディには山椒魚がどんなものか知らなかった。穴の中に棲む生き物なのかと思う。彼女が、

『ペブル、元気?』

と訊くと、

『ペブル、ゲンキ。シンディ、ゲンキ?』

と答えて来た。シンディたちは意思疎通の取り組みを再開した。今回は映像投射装置ビジスフィアを持ち込み、いろいろな映像記録も使ってのものになった。


 巨大になったペブルにもはやレールガンは使えなかった。会合を重ね、グレゴリーがスピンネーカーでの帆走を発案した。ブルーオーシャンはバイラス通過後に航行方向の微調整のため熱核エンジンを十分間だけ片舷噴射する。ペブルに巨大な落下傘型の帆、スピンネーカーを取り付け、噴射プラズマを受け止めてバイラス方向への加速を行う方法だ。

 スピンネーカーの素材は、イリクシア星系第3惑星での団員降下艇に使われる滑空翼用のフィルムと可変骨組みが転用できた。メンバーが総出でスピンネーカーの設計と製造に取り組んだ。円傘形のスピンネーカーの円周上に複合素材のロープ数百本を取りつけ、その先端がクレーターの中のペプルを包み込むように結び付けられた。

『ペブル、今度こそ新しいお家へ送ってあげる。このスピンネーカーがあなたを抱えてそらへ飛び立つのよ』

 シンディがペブルに語りかけた。

『ペブル、トビタツ?』

『ええ』

『ペブル、ダイジョウブ?』

『もちろんよ』

ペブルは触手をまっすぐ上げ、ゆらゆらと揺らした。

そして、ペブルが通れるようにクレーターの進行方向の反対側の壁が船外汎用作業車によって崩された。


 片舷噴射の時がやって来た。スピンネーカーは哨戒用宇宙艇により既に宇宙空間に展開されている。

ゴゴゴゴゴ

 船全体を揺るがし熱核エンジンが起動した。噴射されるプラズマがスピンネーカーをゆっくりと押し広げていく。スピンネーカーはきれいな円傘状になり、プラズマを受けて白銀色に輝いた。ロープはぴんと張り詰め、ペブルはごとごとと揺れ始める。


 メンバーは哨戒艇に乘って、上空から様子を見守っていた。

『ペブル、もうすぐよ』

 シンディが近距離通信で呼びかける。だが……、

 ペブルの動きがぴたりと止まった。ロープがぶるぶると震え、スピンネーカー輝きを増していく。破滅は一瞬だった。スピンネーカーの結び目周辺が茶色く変わり、すぐに全体が燃え上がった。あっという間にスピンネーカーは燃え尽き、黒い燃えかすが彼方へ飛び去って行った。残されたロープが流れるプラズマの中で空しく棚引いていた。ペブルは穴の縁で停まっている。

『ペブル、大丈夫なの?』

 シンディの呼びかけに

『ペブル、トビタツ?』

と、「声」が返って来た。

『良かった。無事なのね』

『ペブル、ブジ。シンディハ?』

『私たちも無事よ』

『ヨカッタ』


 こうしてフェイズ2は失敗した。失敗の原因はすぐに分かった。ペブルの体がクレーターの下の部分でさらに大きく成長していたのだ。まさに昔の小説に出てくる穴から抜け出せない山椒魚の状態だった。

 ミッションは仕切り直しになった。引き上げの際にアモンが映像投射装置を置いて行ったことに誰も気付いていなかった。

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