第2話 フェイズ1 アバロン
ペブルの内部構造の分析からレールガンの電磁気加速での脆性が計算され、二百万Gは十分耐えられるとの結果になった。ミッションメンバーは、ペブルをレールガンで打ち出すべく準備を進めていった。
根幹となるのは、本来前方に打ち出すレールガンを後方に向けて打ち出せるようにする制御プログラムの開発だった。砲身に沿って設置してある数千ユニットのコイルをマイクロ秒単位で制御するものだ。グレゴリーが中心となり、メンバー全員で取り組む。
砲身長は約五千m、ブルーオーシャンの右舷の最大直径部に横付けする形で設置されている。砲弾装填台はレール上を移動でき、接地部分で装填し発射位置に移動するので、後方への発射にも対応できた。
準備が整い、メンバーがペブルの許に向かったのは調査から船内時間で12日後、船外時間で329年後だった。
『ペブル、私よ』
ペブルは時の流れなど無かったように触手をまっすぐ上に上げて応えた。だが、その姿にメンバーは息を呑む。ペダルは、直径5メートル、高さ3メートルほどに巨大化していたのだ。触手も三十本ほどに増えている。
『周囲の鉱物を取り込んで成長したの?』
ヤンが呟く。
『周りのほとんどは氷のはず……。とにかく、この大きさならレールガンには載せられそうね』
ミンが問いかけ、
『ああ、そうだな』
マットが答えた。
『とにかく話してみるわね』
シンディは前に出た。
『ペブル、私たちはあなたを宇宙に還してあげたいの。この星はやがて衝突して消滅してしまうから。帰すためにはあなたを他の場所に運ばなくてはならないわ。それに協力してもらえるかしら?』
ペブルの触手が横向きになり、うねうねと動いた。ニモがシンディに近づき語りかける。
『解ってもらえてないようですね。仕方ありません、ペブルが理解している言葉が少なすぎます。彼を救うことに専念しましょう』
『そう……よね』
シンディはしぶしぶ同意した。
次の日に、作戦は実行に移された。シンディはミンが操縦する船外汎用作業車に乘ってペブルの許に出向いた、クレーターの縁で汎用作業車から降りて、歩いてペブルに近づく。
『これからあなたを運びます』
そう言って手を上げると、汎用作業車がゆっくりとクレーターを下りて来た。汎用作業車は無限軌道で駆動され、ロボットハンドの付いた二本の作業アームを備えている。ペブルのそばで停まり、ロボットハンドで掴んでペブルを持ち上げた。
『大丈夫よペブル、あなたを傷つけたりはしない』
シンディは語りかけながら、汎用作業車と共に、レールガンの設置場所に進んで行く。既に天空にはアバロンが赤く輝いていた。
レールガンではマットが待機済みだった。ミンは汎用作業車のアームを伸ばしてペプルを砲弾装填台の上に載せ、シンディもその傍に上った。
『いいわよ』
シンディが連絡すると、マットの操作で砲弾装填台は中空に真っ直ぐ伸びるレールガンの先端に移動した。ここからレール沿いに加速して後方に射出するのだ。シンディはレールガンを支える橋脚部分に移動する。レールが伸びる先にアバロンが輝いていた。
『ペブル、あの星がアバロン、あなたの新しいお家になる所よ。この装置で送ってあげる』
シンディが語りかけると、ペブルは、
『ビュウビュウ』
と応えた。
『私たちはあの星の横を通ってさらに先に行くの』
『射軸合わせました。秒読みに入ります。10、9、8』
短距離通信でマットの声が入る。
『5、4、3』
『さよなら、ペブル』
『2、1、ゴー』
その瞬間、ペブルの姿が消滅した。だが、
ガンッ
足元から伝わる轟音、後方数百mにペブルの姿が現れた。砲身から外れ、回転しながら地表に向かって飛翔して行く。
『ペブル!』
シンディはスラスターを噴射してペブルを追った。
ペブルは地表に逆さまになってめり込んでいた。駆け寄ったシンディは悲鳴のような声を上げた。
『ペブル、大丈夫なの?』
ペブルの体が揺れた。ぐにゃりと曲がった触手が地表を押すように動き、上下が元に戻った。そして……、
『ペブル、ダイジョウブ』
レシーバーから声が響く。ペブルが初めて言葉を話した瞬間だった。
ペブルは元のクレーターに戻され、数日後に失敗の原因を解析する会合が開かれた。
ヤンが説明する。
「発射後の測定では、ペブルの体のコバルト含有率は0です。おそらく、発射の瞬間にコバルトを分子変換してしまったのでしょう。エネルギーか他の物質にね。ペブルの意思によるものでしょう」
「そんなことができるのか?」
ニモの問いに、
「実際に起こっていることです。原理はわかりませんが」
と答える。
「でもどうして?」
「シンディさんに空に輝く星に送ると言われたけどここに留まりたかったのか、それとも」
「それとも?」
「アバロンの周回軌道に乗れるようレールガンで速度を落とそうとしました。前方の星に行くと言うのに逆方向に加速度をかけられたのでびっくりしたのかも。ちょうど、急いで乗った電車が反対方向行きだと気付いてあわてて降りたみたいな」
ヤンは飄々と述べ、フェイズ1は失敗に終わった。
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