宙(そら)へ ~星を旅立つチャンスは三度~
oxygendes
第1話 ミッション開始
白い光に満たされたミーティングスペースの遠隔チャット席に着いているのはシンディ一人だけ。植民船ブルーオーシャン内の他のミーティングスペースから音声参加している人数も十人足らず、シンディが呼びかけた漂着生物を宇宙へ還す取り組みについて、植民団員の関心は極めて低いものだった。
「この先の航路で私たちは二つの星系、アバロン星系とバイラス星系とを通過します。あの漂着生物、ええと、名前は……」
他のミーティングスペースから発言している参加者は名前のところで言い淀んだ。
「ペブルよ。私が付けた名前です」
シンディは姿の見えない参加者に言い添える。
「有難う。そのペブルは宇宙空間で活動可能な珪素系生物ですが、長期的には恒星由来の希薄元素に依存していると推測されます。宇宙に還すのは、この船がいずれかの星系を通過する際が適切でしょう。あるいは我々の目的地であるイリクシア星系内で」
「イリクシア星系への到着は船外時間で六千年後よね。それでは遅すぎるのでないの?」
別の女性の声が問いかけて来る。
「ペブルは人類が初めて遭遇した珪素系生物です。その生命活動についてはよくわかっていません。寿命と言えるものがあるのかどうかも」
軽やかな声は言い淀むことなく答える。
「イリクシアではこの船は分裂衝突して消滅します。衝突までに送り出さないとペブルは船と運命を共にすることになります」
くぐもった声が討議に加わった。
「ペブルについてもっと情報が必要ですね。その生命構造、そして知性を持つかどうか。船外に出て、直接観察、調査することを提案します」
低く落ち着いた声が船外調査を提案した。
「ペブルは知性を持っています。私の問いかけにちゃんと応えるもの」
シンディは立ち上がって発言する。
「それも含めて調査しましょう。管理機構はペブルの宇宙への送出は植民船の目的外と裁定しています。これからの活動は個人のボランティアであり、非番時間に行うことになります。参加可能な時間を登録し調整しましょう」
冷静な声が討議を取りまとめようとした。
「「了解」」
シンディが言い返せないうちに声が重なり、提案は採択された。
「それでは……」
と、議論が打ち切られかけた時、
「あの、提案があるのですが」
遠慮がちに発言があった。
「この
「神話のアンドロメダーですね。鎖に囚われた乙女を救うと言う。なんか、私たちが彼女を捕えているみたいですけど……、まあ異存はありません」
「同じく」
「そうですね」
異論が出ることは無く、ペブルを宇宙へ還す活動はミッション アンドロメダーと名付けられ、会合は終了した。
参加者のスケジュール調整の結果、ミッション開始は船内時間の5日後になり、合わせて役割分担も打ち合わせられた。
船外調査の日、シンディは集合場所である第3
互いに顔を見合わせる中、中年の男性が口を開く。
「順に自己紹介していきましょう。私はニモ=マユムラ、管理機構の行政官を勤めています。このプロジェクトにはペブルを救いたいとの思いから、個人として参加しています。ただし、プロジェクトが移民活動に大きな支障をきたすと判断した場合、管理機構に通報させていただきますのでご承知おきください」
隣の女性が続く。
「わたしはヤン=コールマン、天文学者です。宇宙生物への関心から参加しています」
そして、更に、
「アモン=ノマです。アーティストをしています、素材は植物繊維紙やミリペンと言った物質系ですが。ペブルの話を聞き、会ってみたいと思い参加しました」
「俺はマット=マードック、障害物排除のレールガンの砲手を務めている」
「カノ=シルバーリバー、比較言語学の研究者です。ペプル君とのコミュニケーションを構築したいと思っています」
発言が続き、続いて汎環境適合被術者がくぐもった声で話し出した。
「私はグエン・リィ・ミンです。船外の地上作業のオペレーターをしています。
続いて、
「グレゴリー=ライト、複合化システムの設計技師だ」
そして最後に、
「私はシンディ=サマーズ、学生です。船外のフィールドワークで漂着したペブルを発見しました。ペブルは自分で宇宙に帰ることができません。どうか力を貸してください」
シンディは深々と頭を下げ、全員の自己紹介が終わった。
「それでは、調査に向かいましょう。シンディさん、ペブルが居る場所への案内をお願いします」
ニモの言葉にシンディは頷き、参加者を見回した。
「では、ご案内します。外では近距離通信で話しますので、周波数をチャンネルDに合わせてください」
全員が同調したところで付け加える。
『この周波数でしたらペブルにも聞こえますから』
彼女の言葉に何人かが目を瞠った。
気時閘室の操作はミンが行った。
「滞時フィールドの遅滞率を落としていきます。一万分の一、九千、八千、七千、……千、九百、八百、……、三、二、一、船外時間と同調しました」
植民船は長期に及ぶ航海への対処のため、滞時フィールドを展開して居住区画の時間の流れを一万分の一にしており、船外に出る際に船外時間への同調がこの部屋で行われるのだった。
「続いて減圧です。真空に備えてください」
皆は頭部キャノピーを閉め、ミン自身は上半身に呼吸ユニットを装着した。
『気圧を下げます。1、0.95、0.9、……0.001、同調しました。外扉を開けます』
船外に出た一行の頭上には天の川銀河が広がっていた。四方は暗黒の地平。
移民船ブルーオーシャンは直径10㎞の氷の小惑星を改造して作られている。最大直径部の円周に沿って120基の熱核エンジンが設置され、推進方向側の小惑星内部に居住区域が作られている。第3気時閘室は船の最前部に近い地表に通じていた。
現在、ブルーオーシャンは熱核エンジンを停止し秒速500㎞で慣性飛行をしている。地表は無重力状態で、表面の大半が氷のため船内のように磁力靴は使えず、移動は縦横に設置されたアンカーレールに牽引具を引っ掛け、手持ちのスラスターを噴射して進むことになる。
一行はシンディの先導で進んだ。アンカーレールの分岐を数カ所経由し、十分ほどで目的地に到達する。
目の前にあるのは直径10mほどのクレーターだった。内側は急峻な斜面になっている。
『ほら、そこです』
シンディはクレーターの縁に立ち、中に向かって手を振った。
『ペブル、来たわよ』
クレーターの中にそれは鎮座していた。直径は4m、高さは2mほどの押しつぶされた球体。表面の形状はなめらかで、照明を向けても漆黒の表面は光を吸い込み、全く反射しない。上部から二十本ほどのコード状の光る触手が生えており、本体の中程の高さのところに一カ所、目のように輝くものが半円の円周上に12個並んでいた。
『今日は友だちと一緒に来たの。下りて行ってもいい?』
シンディが語りかけると、ペブルは全ての触手をまっすぐ上げ、ゆらゆらと揺らした。それは肯定の意味らしかった。
『ビュウビュウビュウ』
触手の動きに合わせレシーバーから奇妙な音が響く。それはペブルの「声」らしかった。 一行はアンカーレールから離れ、スラスターを使ってゆっくりとクレーターを下りて行った。
『斜面が滑らかですね。衝突でできたはずなのに……』
ヤンが周りを見回しながら呟いた。
一行はペブルの前に横一列に並んだ。右手を自分の胸に当てる。
『初めまして、私はニモ=マユムラです』
『初めまして、私はカノ=シルバーリバーです』
……
順番に名乗って行く。それは個体認識がコミュニケーションの基礎だと言うカノの指導によるものだった。全員が名乗った後でニモが語りかける。
『私たちはあなたが宇宙へ帰る手助けをしたいと考えています』
ペダルは戸惑っている様だった。触手が横向きになり、うねうねと動く。
『そのためにあなたの体を調べさせてもらいたいの』
シンディが話しかけても様子は変わらなかった。
『あなたを傷つけたりしないと約束するわ、お願い』
彼女が見つめると、触手はゆっくりと上に上がった。
『ビュウ』
『わかってくれたのね、ありがとう』
シンディは上気した顔で他のメンバーに目配せした。
『どうやら了解を得たようですね。始めましょう』
ニモの言葉で、メンバーは二班に分かれて調査に取り組んだ。アモン、カノ、シンディはペブルとの対話、言語と身振りによるコミュニケーションの拡張、ニモ、ヤン、マット、グエン、グレゴリーは各種計測機器によるペブルの測定、生命構造の解析を目指す。
シンディはペブルの前に立ち、カノとアモンはその両隣に立った。
『私たちは言葉や動作で考えを伝えあうの。ペブルにもそれを覚えて欲しい。やってみるから見ていてね』
シンディは右手意を胸に当て、
『私はシンディです』
次に右手でカノを指さし、
『彼女はカノです』
そして、アモンの方に向き直り首を傾げる。
『あなたはアモンですか?』
続いてアモンが答える。
『はい、私はアモンです』
こうした会話を続けていった。
一方、ニモたちは各種の測定機を持ち、ペプルの周囲を回りながら走査、計測していった。
4時間が過ぎた。シンディ達が続ける内にペブルは時折り会話に合わせ、
『ビュウビュウ』
と発信してくるようになった。何らかの意味を感じ取っているらしい。そして、ニモたちの計測が終わり、一行は引き上げることにした。彼らが船外で過ごした4時間は船内では1.44秒に当たった。
船内時間の3日後、計測、分析結果が出たため、二回目の会合が行われた。今回は全員が一つのミーティングスペースに集まった。
「分析結果を説明します」
グレゴリーが切り出す。
「ペプルの体は珪素を主体とした各種の無機物質で出来ています。稠密な構造で中心部は二千度程度の高温。これは何らかの核反応によるものと思われますが、外部に放射線は出ていません。そして、」
顔を上げて全員を見回す。
「分析結果からペブルを宇宙へ送り返す方法を策定出来ました。現在、この船は秒速500㎞で航行しています。この速度では星系に留まることはできません。速度を大幅に落とすことが必要です。分析でペブルは質量比で8%のコバルトを含有することが分かりました。コバルトは強磁性体ですのでレールガンで加速、発射することが可能です。レールガンで進行方向と反対に発射し、速度を秒速50㎞まで相殺します。これは地球の公転速度と同程度なので、同様の公転半径で星系に留まることが可能でしょう」
暫く沈黙が続き、
「発射してペブルの体は大丈夫なの?」
シンディが立ち上がって訊ねた。
「概ね0.02秒、二百万Gくらいの加速です。ペブルは稠密な構造で、推進力は体全体に一様に作用するので問題ないと思われます」
「でも……」
シンディは口ごもる。
「加速度の影響について厳密に分析し、問題がないようならこの方法で進めよう。アバロン星系への接近まで船内時間であと10日しか時間がないのだから」
ニモが取り纏め、ミッションのフェイズ1が開始された。
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