第8話 決着

 逃亡を理由に印刷会社を辞め、新たな一歩を踏み出すことを決意した一馬。彼は夕凪駅近くにある老人ホームでの仕事に応募し、そこで新たなキャリアを築くことになった。

 老人ホームの名前は『百花苑ひゃっかえん』だ。この名前は、入居者たちがそれぞれ異なる花のように個性的でありながら、共に咲かせる場所であることを象徴している。

 老人ホームでの初日は10月1日だ。

 一馬は穏やかな老人ホームで新しい仕事を始める。入居者たちと触れ合いながら、笑顔で日々を過ごしていく。


「新しいお手伝いさんかい?元気そうで何よりだ」

 デイルームで赤根あかねイクって婆さんと話した。

 「はい、一馬と言います。お手伝いできることがあれば何でも言ってくださいね」

 老人ホームの入居者たちは一馬の温かい対応に歓迎され、彼の人柄が次第に信頼を築いていく。


 一馬は入居者たちの生活をサポートし、会話や娯楽の提供を通じて彼らの心を豊かにする。やがて、一馬はその誠実な姿勢が老人ホームのスタッフや入居者に感謝され、彼の存在が大切にされていくことに気づく。


 一馬は逃亡の影から解放され、老人ホームでの新たな仕事が自分にとって意味あるものであることを感じる。笑顔とやりがいに満ちた新しい始まりが、一馬に穏やかな日々をもたらしていく。


 数日後の十五夜、一馬は遥香と公園を散歩してる夢を見る。

『カズ、あんまり無理しないでね』

『そっちもな?』

 夢だと気づき、一馬は涙を溢した。

「いったい誰がやったんだ!?」

 怒りが込み上げてきた。朝、おふくろがゴミ出しに行ってる最中に包丁を台所から拝借した。

『百花苑』に赴き、居室に入るとベッドに仰向けになっていたイクを包丁でグサッ!グサッ!と、何度も突き刺した。口から鮮血を迸らせてイクは死んだ。


 同じ頃、印刷工場を辞めた千葉は夕凪駅近くのマクドナルドに出かけていた。注文を待っていると、突然店内が異常に静まり返った。周りの客たちはみんな凝視し、窓の外では不気味な霧が立ち込めていた。すると、レジの後ろにいた従業員が不気味な笑みを浮かべて、「ここではもう通用しないよ」と言い残して店を去り、扉が物音もなく閉まった。千葉は驚きと恐怖に包まれ、その後の出口への道は見当たらない状況に追い込まれた。

(俺が木下を殺そうとしたことが冥界の人間に知られた?)

 千葉のバッグには黒いマスクと黒い帽子が入っていた。

 

 一馬は老人ホームから逃げた。パトカーが追ってくる。助手席のパワーウィンドウが開き、女刑事が銃を撃ってきた。

「私は横浜署の朽木よ!」

「聞いてね〜よ」 

 バンッ!胸の辺りを撃たれたが痛みを感じず、血も出なかった。

 夕凪駅のロータリーに停まっていたナナハンをパクり西へ逃走した。途中の廃工場に立ち寄った。小便をする為だ。叢に近づくと、背後から白黒ツートンカラーのパトカーがやって来た。もう、終わりだと思ってると、「あれ、浅井じゃねーか?」と運転席の窓から死んだはずの新見が顔を覗かせた。

「おっ、おまえ……どうして?」

 一馬はこれは夢だと気づいた。

「いいから乗れって、そんな服じゃスグに捕まんぞ」

 一馬のジャージは返り血に塗れていた。

 新見は生前より優しくなってる。彼は新しい着替えを用意してくれていた。ジーパンとトレーナーに着替え、海岸近くの公園で降ろしてくれた。

 サイレンの音は聞こえてこなかった。

 

 一馬は黄昏の海辺の公園で散歩していると、一瞬にして時間が止まったかのような感覚に襲われた。突然、霧が晴れ、波の音が静まり返り、彼の死んだはずの恋人がそこに現れた。彼女は微笑みながら近づき、「愛している、一馬」と囁いた。一馬は驚きと感動で言葉にならぬ喜びに包まれ、再び愛し合うことができた幸せな瞬間を共有した。

「カズ、あんまり無理しないでね」

「そっちもな?」

 公園には静寂が戻り、一馬と遥香が再会の幸せに浸っていたその時、遥香を殺した男が銃を手に現れた。彼の冷たい視線と威圧感が公園を覆い、遥香と一馬は急速にその幸福な瞬間から引き裂かれた。男は冷笑しながら、暗い過去や復讐の動機を告げ、公園に異様な緊張感が漂った。

「酒井、どうしておまえが?」

 彼は横須賀にある製薬工場で働いていたはずだ。何故、こんなところに?銃なんて簡単に手に入るのか?

「オマエたちがイチャイチャしてる姿が死ぬほどツラかった」

「何だと!?」

 霧笛がオレンジ色に染まった空に響いた。

 一馬はふと、夢の中に銃を手にした男が現れたことを思い出した。

「製薬工場って一斗缶がたくさん転がってんだ。俺は物心ついた頃から親父に殴られた。3歳下の弟がいるんだが、これがスゴく出来がよくてね?いつも比べられていた」


『一馬、君は今、自分の夢に向かって頑張っているじゃないか。昔のことはもう振り返らなくてもいいんだよ』

  

「あのとき、俺に優しくしてくれたの、アレは演技だったのか?」

「そうに決まってんだろ?」

 悪びれた様子もなく酒井は微笑んだ。

「朝霧で俺を轢き殺そうとしたのも、おまえか?」

「御名答」

「絶対に許さねぇ!」

 一馬は震える手で酒井に立ち向かい、銃を手にした彼に対抗した。しかし、一馬は幽霊の遥香を撃つことにためらいを感じ、その瞬間を逃さなかった。酒井はその隙を突いて一馬を攻撃したが、一馬は決して屈しない決意で応戦した。


 戦いは激しく、公園の風景は壊れ、夜空は銃声と叫び声に包まれた。一馬は過去の償いと愛する者を守るために全力で戦い、最終的に酒井の銃を奪うと、奴の心臓目掛けて撃った。倒れた酒井は、悔恨の表情を浮かべながら、幽霊の遥香と共に消えていった。


 いつの間にか満月が浮かんでいた。

 サイレンが響き渡る。

 パトカーがコの字型に一馬を囲み、降り立った捜査員たちが銃を向けた。

 一馬はイクを犠牲にした罪悪感から、手にしてた銃でコメカミをぶち抜こうとした。が、彼の頭からは赤い血液が1ミリたりとも出なかった。

 一馬は朽木たちに逮捕された。

 これも夢なのか?


 


 

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浅井一馬の事件簿1〜夢を叶えて〜  鷹山トシキ @1982

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