奥様は波留・おまけの話

ましさかはぶ子

ジュエル・ゴンゴン




「いやーん、波留ちゃん、こんなに大きくなっちゃって!」


彬史と波留、博倫が住む家に

派手な女性用スーツを着た男性なのだが

見た目はきらびやかな美人がやって来た。

一緒に来たのは波留の母、玉子と夫のアーキルだ。


女性用スーツの男性、通称ジュエル・ゴンゴンは

両手を広げて出迎えた波留をぎゅっと抱き締めた。


「最後に見たのは4歳の時よ、

もうすっかり大人でびっくりしたわ。

でも何となく面影があるわね。

今はお腹がおっきいんでしょ。」

「今8ヶ月です。」

「もうすぐ生まれるのよねぇ、なんかもう、泣けるわぁ。」


とゴンゴンはハンカチを出して涙を拭いた。


「皆さん、ここではなんですから、奥へどうぞ。」


と彬史が言うと、ゴンゴンの顔がぱっと明るくなった。


「波留ちゃんのご主人の彬史さんねぇ、

すっごい良い男じゃない!」


ゴンゴンがいそいそと彬史のそばに寄ると玉子が言った。


「こら、玉男、いい加減にしなさい。」

「ごめん、ホント今日嬉しくてさあ、

お姉とかお姉の旦那さんとか波留ちゃんとかその旦那さんとか……、」

「分かった、分かった、とりあえず奥行こう。

それで肝心なものは持って来たよね。」

「もちろんよ。」


とゴンゴンは紙袋を持ち上げた。


家の奥に行くと広い部屋に大きなテーブルのある部屋があった。

そこには博倫が待っていた。

ゴンゴンが周りを見渡す。


「でもここは凄いお屋敷ね。

ふつうこんな広い部屋なんて無いわよ。」


それを聞いて博倫が笑う。


「いや、広いだけで掃除とか大変ですよ。」

「彬史さんのお父様ね、こちらもほんと良い男。」

「玉男ぉ……。」


玉子が低い声で言うとゴンゴンがぺろりと舌を出した。

それを見てみんなが笑った。


皆は椅子に座り、彬史と波留が皆にお茶を出した。


「じゃあ、そろそろ自己紹介させてもらおうかしら。」


とゴンゴンが皆を見た。


「私は中島玉男です。中島玉子の弟です。

よろしくお願いします。」


と地の声だ。


「私は築ノ宮博倫です。そして息子の彬史と嫁の波留です。」


築ノ宮家も頭を下げる。


「まあ私とアーキルはみんな知ってるし。」


と玉子が言うと皆が笑った。


「でも本当にお姉が生きてたなんてびっくりよ。」

「ほんと長い間連絡とらなくて悪かったね。」


と玉子が言う。


「私も本当にびっくりしたの。こんな事があるなんて。」


波留が笑いながら言った。


「ワタシは記憶が戻った時に一緒にいたんですが、

鷹が落とした小鳥が頭に当たったら戻ったんですよ。

ぽこんと当たったぐらいなんですが。

ワタシも本当にびっくりしました。」


アーキルが言った。


「ところで今日お伺いしたのは

これを波留ちゃんに見せたかったのよ。

私のプライベートなアルバム。」


とゴンゴンが紙袋からアルバムを出した。


「波留ちゃんのお父さん。」


波留の顔が締まった。

あらかじめ連絡は来ていたがさすがに彼女は緊張した。


「アーキルさんにはお姉の前の旦那だからちょっと複雑かしら?」


だがアーキルは優しく微笑んだ。


「いえ、ワタシは平気ですよ。

ハルさんには大事な話で、タマコには思い出です。

一緒に聞きたいです。」

「あたしは昔のものは写真も何も持ってないの。

それで玉男に聞いたらアルバムがあるって言うから

持って来てもらったよ。」

「じゃあ、みんなで見ましょ。」


と彼女はアルバムを開いた。


そこには小さな舞台で踊る

少しばかりごつめの女性達が写っていた。

古い写真だ。


「あたしが働いてるゲイバーの舞台よ。

波留ちゃんのお父さんはこの人。」


と彼女が指さす所に派手な舞台衣装の人がいた。

とても綺麗な人だ。


「お父さん……、」

「佐藤正雄さん、マーちゃんと呼んでたけど

私に色々とお仕事を教えてくれた恩人よ。」


とゴンゴンが言った。


「昔村を出て街に行ったの。お姉と一緒にね。

いくつか転々としたんだけど、

今の店にマーちゃんがいたのよ。

すごく面倒見の良い人でね、優しくて。

今あたしがこうやって仕事出来ているのもこの人のおかげ。」


波留が写真を見る。


「お父さんもその、ゲイだったの?」

「今で言ったらバイセクシャルかしら。

誰とでも仲良くなれてね、お姉とは特に気が合ったみたいで、

良く二人でおしゃべりしてたわ。」


ゴンゴンが玉子を見る。


「うん、最初は女友達みたいな感じだった。

でも色々喋っているうちに

人として尊敬できる立派な人だって思ったよ。」

「お姉とマーちゃんが結婚すると言い出して

みんなびっくりしたのよ。

でも夫婦みたいに一生を共に暮らせる人って

助け合える関係でないとだめでしょ?

それって男女はないとあたしは思うのよ。

お姉とマーちゃんは人として一緒にいたいという感じだったわ。

それで店のみんなも祝福したんだけど、」


ゴンの顔が暗くなる。


「波留ちゃんが生まれる前に

マーちゃんが交通事故で亡くなってね。

相手の人は無免許で保険にも入っていなかったのよ。」


玉子がため息をついた。


「あの時はどうしたらいいのか分からなくなった。

でも玉男や店のみんなが助けてくれたから

波留を産んでもしばらく子育て出来たけど。

もう必死だったよ。」

「それで波留ちゃんが4歳ごろにやっぱりお金が必要だって、

お姉が田舎に波留ちゃんを預けに行ってそれっきりよ。

あたしも田舎には帰りにくくてね……。」


波留はアルバムをめくってずっと見ていた。


艶やかな衣装で舞台でにっこりと笑っている写真や、

仲間と笑い合っている写真もある。

そして後ろのページには

普段着の正雄と椅子に座っている玉子の写真があった。


ちょっとふざけた調子で正雄が玉子のお腹に耳を当てている。

それを見てその背中に手を添えて笑っている玉子だ。

他にも写真があり、二人が顔を近づけてアップで写っているものや、

正雄と玉子、玉男が三人一緒に居る写真もある。


「それは全部あたしが撮ったのよ。

三人で写ってるのはセルフタイマーで撮ったの。

面白かったな。」


ゴンゴンが遠い目をして微笑んだ。


波留は写真を見る。


玉子のお腹に正雄が耳を当てているのは

波留がお腹にいる時だろう。

二人はとても幸せそうに笑っている。


波留が子どもの時は身近にいたのは祖母だけだ。

祖母は優しかったがそれでも淋しい気持ちはずっとあった。

そして家も追い出されてしまう。


今でこそ彬史と結婚して屋敷に住み、子どもも出来た。

自分の根と言うものが今はここにある。


だが子どもの時には何もなかった。

ただ浮いているだけの感覚だ。


そして今この写真を見て、

自分は知らなくても

この世に歓迎されて生まれて来たのは確かなのだと感じた。


見も知らないお父さんは嬉しそうにしている。


波留の眼からほろりと涙が落ちる。

そして彼女はゴンゴンを見た。


「ゴンゴンさん、ううん、叔父さん

教えてくれて本当にありがとう。」


ゴンゴンが彼女の頬に触れた。


「叔父さんってバカねぇ、叔母さんって言ってよぅ。」


だがそのゴンゴンも涙をぽろぽろと流している。


「うん、ごめんね、叔母さん。」

「そうそう。」


皆がそれを見て優しく笑った。

ゴンゴンが涙を拭って皆を見た。


「このアルバムはここに置いてくれる?」

「玉男、良いのか?」

「うん、しばらく仕舞いっぱなしだったし、

波留ちゃんもっと見たいでしょ。

あたしが見たい時はここに来て良いかしら?」


波留が頷く。


「うん、いつでもいいから来てください。」

「それにお姉とアーキルさんも当分日本にいるんでしょ?」

「そうです、手続きがあるので

ワタシはしばらく行ったり来たりになりますが、

元々こちらで長年大学で仕事をしていたので、

相談に行ったらまた仕事が出来ることになりました。」

「それでお母さんはアーキルさんの奥さんだから

家族としてこちらに住めるの。」


波留が嬉しそうに玉子を見た。


「私は向こうで結婚した時に戸籍を作ったから

向こうの人扱いなんだよ。

なかなか複雑でね。それは全部アーキルに任せようかなと。」

「でもお姉も波留ちゃんが赤ちゃんを産むんなら

帰れないよね。」

「それはそうよ、絶対に見る。」


玉子が強く言うと皆が笑った。


「博倫さんからここに住みますかと言われたから

もう住んでるんだよ。」

「この屋敷は広いから全然平気ですよ。

良かったら玉男さんも住みますか?」


ゴンゴンが体をくねくねとさせる。


「良い男ばっかでどうしよう~。」


皆がどっと笑った。


「ところでゴンゴンさんはどうしてそのようなお名前なんですか?」


彬史が言う。


「玉男だから玉は宝石でジュエル、

そして男だからイメージ的にゴン、

ジュエル・ゴンだけどゴンゴンの方が可愛いんじゃないって

ジュエル・ゴンゴンなの。」


ゴンゴンが波留を見た。


「その名前もマーちゃんがつけたのよ。」


波留がにっこりと笑う。


「すごく良い名前だと思います。」


博倫が皆を見た。


「じゃあ、皆さんでご飯でも食べませんか?

ピザとかどうです。」

「父さんは本当にピザが好きだな。」

「旨いだろ、それに一緒に手で持ってものを食べると

早く仲良くなれるんだよ。」

「そうですね、ワタシもそう思います。良い事です。」

「じゃあ、あたしもピザが良いな。チーズがいっぱい乗ったもの。」

「私はハワイアンが良い。パイナップルが食べたい。」

「えっ、ピザにパイナップルが乗ってるのかい?」

「お母さん、知らないの?」

「うん、知らない。」

「美味しいよ、食べてみたら。」

「じゃあみんな欲しい物を言って。」


彬史がメニュー表を出して皆に見せた。

皆が口々に言いだす。


「そんなに頼んで食べきれるかな。まるでパーティだよ。」


彬史が言う。


「「「「「大丈夫。」」」」」


と言う事でやっぱりピザ。

旨いよなあ。





届いたピザを玉子とゴンゴンが玄関まで取りに行った。


「こんなに食べられるのか?」

「平気よ、きっと。」


ふふと笑いながらゴンゴンが玉子に囁いた。


「愛雷の話が出なくて良かった。」


ちらと玉子がゴンゴンを見た。


「まあ話が出ても世話になったでごまかせよ。」

「うん、分かってる。

でもあの人がお姉に色々教えてくれたってびっくりね。」

「あいつも歳を取って丸くなったんだろ。」

「かもね。」


ゴンゴンがため息をつく。


「あたしはあの人と会いたいとは全然思わないけど、

この道に進むきっかけになったのは確かだから。」

「もし会ったら一発殴ってやれ。」


ゴンがにやりと笑って地声で言った。


「おうよ。」


そして部屋の扉が明けられた。


「お待たせしましたぁ~~。」


ゴンゴンの華やかな裏声だ。

ピザはテーブルの上に広げられて良い匂いが漂う。


「ハル、食べ過ぎるなよ。」

「今日は良いの、パイナップル美味しい~。」


と波留はピザにかぶりついた。






本当にこれでおしまいのおしまい。





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奥様は波留・おまけの話 ましさかはぶ子 @soranamu

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