ミッションアンダーベッド

平賀・仲田・香菜

ミッションアンダーベッド

「あははっ! なに言ってるのよお、やだー」

 自室でくつろぐ僕の幼馴染み、名前はヒナ。家は隣同士である。おそらく、ヒナはベッドで横になり友人と電話をしている。かれこれ数十分は続いているだろう。

 僕はその会話を延々と聴き続けざるを得ないでいた。何故ならば僕は彼女のベッド下、床の上に息を殺して隠れているからである。

 勘違いしないでいただきたいが、断じて盗み聞きをしているわけでない。好きで埃に塗れているわけでも勿論ない。


 ヒナの居ぬ間に彼女の部屋へ潜入し、とあるブツを持ち出す必要があったのだ。


 またもや勘違いをしないでいただきたい。別にヒナの私物を盗み出そうというわけでもないのだ。幼少から兄妹のように過ごしてきた彼女、くりくりと大きな丸い目は歳下にしか僕には見えていない。

 妹の私物を盗む兄がいようか。ヒナの不在時、開けた引き出しに見つけたレースの下着にだって少ししか触っていない。僕が思春期であることを考慮すればちょっと触ってみるだけで済ませたことは、ヒナへの性的な興味の無さの表れなのである。

 触ってみてどう思ったか? 僕はヒナと風呂にも入ったことがあるし、彼女と一緒の布団で眠った思い出もある。共に寝小便をかまして、互いの小便でまみれたのも今にして思えば……多少の性癖にしか影響していない。たまに使わないこともないが、これはヒナによらない、あの時の匂いと温もりによる。

 そんな僕がヒナの下着を触って多少の興奮を覚えたことは仕方がないのである。断じて、ヒナによってではない。

 話を戻そう。僕がヒナの部屋から持ち帰りたいものは、僕のノートである。僕のノートを勝手に持ち出したのはそもそも彼女が先である。欠席した授業のノートを勝手に持っていきやがったのだ。『借りたよー』などとメッセージで事後承諾をされたのではたまらない。

『なんだつまらない』などと思うなかれ。ヒナが持ち出したノートは授業用のノートではない。僕のオリジナルライトノベルを書き連ねた赤っ恥必至黒歴史ノートなのである。まとめ買いした大学ノートで授業用と同じものを使っていたのがいけなかった。

 自作ポエム集にオリジナル女の子キャラ(練習中)を書き溜めたノートよりはマシだったのかもしれないが、あのライトノベルもかなりキツい。

 僕自身を主人公に据えているし、突如学校を占拠したテロリストを才能と発想で乗り切るストーリーはいけない。しかも能力者ものであり、次々と覚醒するクラスメイトを冷めた目で見つめる僕は無能力者だ。能力にかまけたクラスメイトは次々に死んでいくが、無能力という弱点を抱えた僕に油断はない。最後はテロリストに誘拐されていた美少女と結ばれるが、今はそんな話はどうでもいい。これをヒナに読まれた恥ずかしくて死んでしまう。業務上過失恥死である。

 どうにか隙を見てノートを入れ替えなければいけないと、ヒナの部屋に忍び込んだがこの有様。窓から侵入したまではよかったが、部屋に帰ってきた彼女から逃げた結果がこのベッド下である。

 どうにかこの状況を打破しなければいけない。見つかる前に、読まれる前に。自作ライトノベルのように無能力者たる僕に残された手段は何か。僕の所持品はスマートフォンが一つである。このスマートフォンでなにができるかを考えると……。

「うん、じゃあまたねー」

 ヒナの電話が終わったようだ。僕は彼女にスマートフォンでメッセージを送った。

「おっと、誰からのメッセージかな?」

 ガタガタとベッド上で暴れる音。飛び降り、勢いよくドアを開け放してヒナは走り去っていった。

 どうやら計画は上手くいったようだ。僕はノートを入れ替え、そっと窓から退散した。


 ーーー

 ーー

 ー


 僕が窓から部屋に戻るのと、ヒナがドアから押し入ってきたのは殆ど同時であった。

「何が『お前にレースの下着はまだ早い』じゃあー!」

 ひと通り僕を殴り蹴り抑え込み、関節を極めるとヒナは満足したのか疲れたのか、肩で息をしながら帰っていった。

 計画通り、思わず僕を直接痛めつけなければ満足できないメッセージを送れば、ヒナを部屋から出すことができると踏んだのだ。二、三発殴られることは覚悟していたが関節技まで食らうとは多少想定外ではあったが。

 とにかく作戦は大成功。ノートは気付かれずに回収できた。あとは自作ライトノベルを読まれていなければ良いのだが、そこは祈るしかない。

『読んだ?』などと直接聞くわけにもいくまい。その点にしこりは残るが、もう十分である。

 せっかく取り返したノート。続きでも執筆するかと僕は机に向かい、ノートを開く。


『30点。多彩な表現をしようと努力しているようだが、言葉のセンスが鼻につく。展開も主人公に都合が良すぎて冷める、機関銃を避けてペンで敵を倒すのはいくらなんでもやり過ぎ。ペンは剣よりも機関銃よりも強いという決め台詞(笑)。ヒロインの描写だけ力が入り過ぎていて童貞臭い。もう少し頑張りましょう』

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ミッションアンダーベッド 平賀・仲田・香菜 @hiraganakata

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