6 エピローグ

 うだるような暑さの日が続く。

 5月の平均気温は毎年上昇傾向にあり、今年は史上最高らしく朝から気温はもう20度近い。

 全く迷惑な話だ。高層ビルの影に隠れながら、ネクタイを緩めシャツの上から2番目までボタンを外し、僕は駅に向かって速足で歩く。

 都心から程よく離れた住宅街にある駅には、多くの人が吸い込まれていく。

 

 駅の手前で声を張り上げて冊子を配り続ける一団がいた。

「おはようございまーす!とてもためになることが書かれている本です!ぜひ手にお取りくださーい!」

 

 善良そうな笑顔の女性たち。

 通勤ラッシュの慌ただしい時間に冊子を受け取る人は誰もいない。

 僕は彼女達に軽く会釈しながら素通りする。

 ちらりと表情を伺ったが、そこにアサカの姿はなかった。


 大学は10年前に卒業した。

 クレインに断りの電話を入れた後は映画同好会に入り、映画好きの友人達と充実した時間を過ごすことができた。当初はついていけなかった勉強にも次第に慣れ、無事、4年で卒業し都内の企業に就職した。 

 平凡だがそこそこに幸せな人生。


 きっとアサカも同じような人生を送っているに違いない。

 あの日から自分にそう言い聞かせ続けてきた。

 それでも駅前でチラシを配る女性を見かけると、ついアサカではないかと確認してしまう。


 電子音のベルが鳴り響き、レールの先へと電車が動き始めた。

 正しい生き方は、今もわかっていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぼっち大学生が不思議なサークルと出会った話。 Enjoy!上越! @EnjoyJoetsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ