タケコプター

からん

短編

私は、頭の上にタケコプターがあった。

ある日目覚めてから突然頭の上に生えていて、当時まだ小さかったそれが、日が経つにつれて少しずつ大きくなり、やがて『ドラえもん』に出てくるタケコプターぐらいの大きさになっていた。

それがとても困っている。

仕事は、翻訳で口を糊にしているので、基本的に家から離れないからまだいいが、買い出しに行く時に変な目で見られがちである。

「ママ、おじさんの頭にタケコプターが……」

 こんなふうに、いつの間にか痛いおじさんになっていた。

病院にも行ってみたが、頭に変なものが生えている以外はどこにも不具合がないらしい。

それと、タケコプターが脳の神経と繋がっているから、手術は難しいと告げられた。

「もしかして、新種の癌かもしれない。ぜひ実験対象になってくれ」

なんて、適当なことまで言われた始末である。

私はあまり考えないようにすることにした。

そもそも打つ手がないのと、いまのところ体にとくに問題がなかったので、普段通りに生活してみた。

しかし、タケコプターが生えて一ヶ月ほど過ぎたあたりか、なんとこいつは私の意志と関係なくまわり始めた。

回ったり、回らなかったり。

繰り返して実験してみると、どうやら刺激を受けると回る、らしい。

ご飯を食べると突然頭の上に涼しくなるし、窓を開けて遠いところを眺めると回転がもっと速くなる。そして、オナニーするとなんと天井にまで引っ張り上げられてしまうのだ。

これだけの大きさで、翼面積が不足しているし、角運動量保存の法則の観点からも飛ぶことはできないはずだが、どうやら刺激が強いと物理法則も簡単に超えてしまうようだ。

まるでPCに装着している冷却装置みたいだと思った。

こう頻繁に天井と接触事故をしたくないので、私は普段生活する中でできるだけ刺激を受けないようにした。

タバコと酒はもちろんだが、大好物の辛い食事もしなくなった。行動する時は音を立てないようにしたし、動画を観る時も小さい音量で我慢した。そして、太陽光まで避けて暮らし始めた。

しかし、症状――タケコプターの回転は一向に緩和せず、むしろより小さな刺激で反応するようになった。

知らず知らずのうちに、私はおにぎりとビタミン(栄養機能食品)だけで最低限の栄養摂取を満たし、寝ると天井の凹みを数えるだけの日々を過ごしていた。

これはなかなか奇妙な体験である。

最初の頃はうまい料理や酒、加えて女の裸が頭の中にぐるぐると回っていたが、これらの欲望を抑え続けていると、ある日を堺に突然悟りを開いた。

まるで自分の意志がこの体に収まりきれないように。魂の一部がはみ出て、より高いところから自分という存在を見下ろすことができた。

これは現実ではあり得ない心地よさだ。

何にも縛られず、あらゆる感触が体から離れたのに、どこにもいるような感覚。

私はやがて睡眠も食事も忘れて、この魂のゆりかごに身を預けた。

どれほどの時間が経ったのだろう。

そもそも時間という人間の理が曖昧になったので、とくに感知しようと思わなかった。

私の眼の前に身体は皮膚と骨だけが残ったようで、肌は灰色に褪せていた男がいた。

ベッドに横たわって、身体からはもはや生命の息吹きが感じられない。彼は私を見つめていた、まるでバケモノを見ているような目で、かすかの怒りを込めて……。

しかし、あくまでも一瞬だけだ。

彼はすぐに生きる力を完全に失い、衰弱したまま静かに息を引き取った。

慣れ親しんだ部屋で、ただ、タケコプターが周り続ける音が反響していた。

私はようやく気づいた。

なるほど、私がタケコプターだった。

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タケコプター からん @karantomoru

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