夢から醒めないで
たい焼き。
こんなはずじゃ……
「先生、あとここのベタとトーンが終わったら確認お願いします!」
「ありがとう! あと10時間……これなら十分余裕を持って脱稿できるね。本当に神様仏様アシ様々だ」
「先生、わかりましたからとりあえず上がった原稿から最終チェックをお願いします!」
時刻は夜の10時を回っている。今日、私の仕事場でアシスタントをしてくれている
私たちはそれから黙々と作業を続け、日付が変わる前になんとか原稿を仕上げることができた。
「で、できた……!」
「やった、お疲れ様でした〜!」
出来上がった原稿を見て、私と足搦ちゃんは抱き合って喜んだ。
雑誌の担当者が交渉してくれて、入稿期限を明日の午前10時までなんとか伸ばしてくれた。
明日の朝一で原稿を取りに来てもらって、そのまま印刷所へ持っていって貰えればギリギリ次回の雑誌掲載分にねじ込んでもらえる。
私は完成した原稿を大事に封筒にしまった。
***
「んあっ!?」
いつの間にか作業机に突っ伏して眠っていたみたい。
足搦ちゃんも帰宅したのか、作業部屋にも仮眠室にも姿が見えない。
「帰るなら一声かけてくれればいいのに……」
そうポツリと声に出してみたけど、彼女のことだからきっと遠慮して音を立てないようにしながら帰ったのだろう。
時計を見ると、時刻はまだ朝の6時前。
担当者が原稿を取りに来るまでにはもう少し時間がある。なので、顔を洗って頭をスッキリさせたあと、原稿の最終確認をしておこう。
私は洗面台で顔をバシャバシャと洗ったあと作業部屋に戻り、昨日原稿をしまった封筒を見た。
ない。
確かに封筒の中に完成原稿をしまった……と思っていた。
しかし、封筒の中身は空っぽで、私の記憶も尻切れトンボ。
すっきり爽やかな気分からは一転、血の気が引いていくのが自分でもわかる。頭がパニックになる一歩手前まで来ていて、手が小刻みに震える。
なんでなんでなんで!?
「落ち着け、落ち着いて……」
声に出して自身を落ち着けようとしながら、部屋の中を探す。封筒にしまったつもりで、机の上に、それともアシスタントの机の上に、はたまた別のところにあるのかもしれない。
ない。
どこにも、ない……!
どうしよう。あと2,3時間もすれば担当さんが原稿を取りに来てしまう。
どうすれば……。
***
「……先生、すんごい格好ですけど、大丈夫ですか……?」
「……はは、げ、原稿はできてるんで大丈夫ですから……」
「はい、確かに。今回はずいぶんと大変でしたね〜。次はぜひもっと余裕をもってお願いしますね!」
「じゃ、急いで印刷に回してきます!」と担当さんは原稿を受け取ると、私との話もそこそこに待たせていたタクシーに乗って去っていった。
「はぁ〜間に合って良かった……」
気が抜けて、思わず玄関口でへたり込んでしまった。
ギリギリまで入稿時間を待ってもらって、原稿が真っ白です、では今後仕事を振ってもらえないかもしれない。
そんな危険はなんとか回避できた、と思う。
結局、完成したと思っていた原稿は完成しておらず、下書きが途中まで描かれた状態で止まっていた。
……脱稿して爽やかな気分だったのは、どうやら夢だったようだ。
いつもなら、残りのペン入れや仕上げまではある程度時間が必要で、担当者が来るまでの残り2,3時間では到底無理だ。
しかし、今回は夢の中で一度原稿を完成させていたせいかスムーズにマンガを描くことができて、ギリギリ間に合わせることができた。
「くーっ、神様! 正夢にしてくれるなら、脱稿だけじゃなくて余裕をもっての脱稿まで正夢でお願いしますよ〜!」
そう願わずにはいられない。
せっかく無事に脱稿できたし、本当に神様にお願いしてこよう。
私は今度こそ、脱稿できた開放感を胸に出かける支度をした。
夢から醒めないで たい焼き。 @natsu8u
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