クイズと鼻くそ

 私の家系は親戚が多い。私の両親、叔父、叔母、甥っ子に姪っ子、さらにその先の等親にいたるまで、ざっと50人はいる。

 かくいう私も7人きょうだいだ。


 そんな私の家系は、正月に一斉に本家に集まることになっている。旦那には我慢してもらわないといけないが、年末は逆に旦那の家に行っているので、お互い様ということで許してほしい。


 さて、そんなに大勢で集まって何をするかというと、本家の大叔父が大変イベント好きで、親戚一同を集めて、テレビ番組さながらのクイズ大会をするのが毎年恒例になっている。

 参加者全員にB5サイズのホワイトボードが渡されて、叔父がクイズを出し、みんなで回答を書いていくスタイルだ。


 いい大人たちが何をやっているんだと言いたいだろうけれど、みんな参加するのは理由がある。

 全員がクイズ好き! なんていう可愛い理由ではない。

 全10問あるクイズを最後まで正解するか、最後の一人になると、大叔父からお年玉が貰えるのだ。

 正確な金額は言えないけれど、私の内職14カ月分とだけ答えておこう。


 小学生のひ孫たちも参加するけれど、子供だからと容赦はしない。

 もうじき白寿になるとは思えないほど頭の回転がはやく知識も多い大叔父のクイズは、大人でも難しい問題で、それを大人たちと並んで回答しないといけないのだ。

 子供たちは最初から諦めて、クイズの間は子供同士で別部屋で遊んでいる。これも毎年恒例だ。


 クイズの内容はといえば。


 問。「乍ら」は何と読むか。

 問。微分積分学をそれぞれ独立に体系化した2人は誰と誰か。

 問。「〇令」「〇起」「連〇」「〇作」の〇に共通して入る漢字1文字は何か。


 こんなのが続いていく。私は1問目で撃沈した。

 知識と発想力が求められるクイズに1人、また1人と倒されていき、とうとう2人だけになった。

 私の隣にいる旦那と、私の向かいにいる義理の兄だ。


 旦那は知識をひけらかすタイプではないが地頭が良い。

 義理の兄は学校の勉強はできるのだが、現実に応用するのが苦手なタイプ。そのくせ、会話をすると、旦那を試すようなことを聞いてきたりする。

 おじい様の生まれは西暦何年でしたっけ、とか、リモートワークなんてすると効率が下がりそうだけどどうしてるの、とか。

 旦那は週に二日出勤、三日は自宅でリモートワークしている。一方で義理の兄は完全出社なので、何か思うところがあったのだろう。


 さて、クイズに戻り、二人がホワイトボードに書き終え、同時に反転させた。


「はっくしゅん!」


 間の悪いことに、私のくしゃみも同時に出た。耳がキーンとなるくらいのでかいやつだ。

 旦那も義理の兄も苦笑している。他の面々は大笑いだ。

 私は恥ずかしくなって、ごめんなさいと誤魔化しておいた。


 気を取り直して、回答を見る。それぞれ、「司馬遼太郎」と書かれている。

 またドローか、と、安堵したような、残念がっているような吐息が周囲から漏れた。


「待て」


 大叔父が、クリップボードの文字を消そうとした両者を止め、再度回答を確認する。


「ふむ。勝者決定だな」


 私の旦那が勝者となった。

 当然、義理の兄は抗議する。――が、大叔父がするどく漢字のミスを指摘した。

 司馬遼太郎の馬の字、点が四つ並んだ部分。義理の兄の方は、点の数が五個になっていたのだ。

 それを見た義理の兄は、まさに「ガビーン」という顔をしていた。

 慌てて書いてしまって、不意にペン先が触れてしまったのよ、と姉に慰められていた。


 私は、言えなかった。


 五つ目の点が、私がくしゃみをしたときに飛んだ、鼻くそだなんて――。



 クイズが終わり、私はみんなのホワイトボードを集めて、綺麗にしておいた。

 なんとか誰にも気づかれずに、勝利の鼻くそを回収した。

 ――危機一髪!

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鼻水危機一髪! 篠塚しおん @noveluser_shion

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