嫌がらせをする少女の話
初霜遠歌
嫌がらせをする少女の話
「先輩、可愛い後輩がお土産を買ってきてあげましたよ」
土曜日、晴れの日。
少女が室内に入ってきて、紙袋を掲げた。
長い黒髪ツインテールが揺れる。
「この前みんなで行った旅行のお土産です。うふふ。先輩は誘われもしなかったですもんね。かわいそ〜。でも、悲しまないで」
少女は口元を薄らと歪める。
「先輩が苦手な甘いもの、いっぱい買ってきてあげましたから」
ガサゴソ。少女が袋から取り出したのは、ずっしりしたガトーショコラだった。
「濃厚な甘さで頭痛を引き起こしちゃって下さいね、先輩♡」
☆—☆—☆
「先輩、可愛い後輩が癒しを持ってきてあげましたよ」
土曜日、曇りの日。
少女が室内に入ってきて、スマホをいじり始めた。
長い黒髪ツインテールが揺れる。
「ほら、最近見つけた猫ちゃんの動画です。うふふ。先輩、昔から猫ちゃん好きでしたもんね。ここからが本当に可愛いから、よーく見てて」
少女の目がすっと細められた——瞬間。
『ぎゃああああああああああああ!!!!』
突然、血まみれの顔が絶叫と共に画面いっぱいに広がった。
「あはは〜! びっくりしましたか!? ホラーが苦手な先輩にサプライズです」
少女はケラケラと笑う。
「怖くて寿命が縮まっちゃいましたかね、先輩♡」
☆—☆—☆
「先輩……今日は、バレンタインデーですね」
土曜日。雪の日。
少女が室内に入ってきて、もじもじと頬を染めた。
長い黒髪ツインテールが揺れる。
「いつも意地悪してごめんなさい。だけど私、本当は先輩の事が……」
少女はカバンから、飾り付けされた小さな箱を取り出した。
「甘いものが苦手な先輩のために用意したんです。受け取ってくれますか……?」
リボンをしゅるりと外し、蓋を開ける。
ビュンッ——と黒いものが飛び出した。
「なぁんちゃって〜! またまたドッキリですよ!」
それは、大きなクモのおもちゃだった。
少女の笑い声が
「先輩ってば、虫もダメなんですもんね。せっかくですから、枕の横に置いてあげます」
少女はそのクモを摘み上げる。
「ハッピーバレンタイン。良い夢を見て下さいね、先輩♡」
☆—☆—☆
「先輩、昨日は卒業式でしたね。おめでとうございます」
土曜日。雨の日。
少女が室内に入ってきて、それからハッと口元を押さえた。
長い黒髪ツインテールが揺れる。
「あ、ごめんなさい。先輩ってばお馬鹿さんだから、卒業できなかったんでしたっけ!」
クスクスと小馬鹿にしたように笑う。
「本当に、どうしようもないお馬鹿さんなんですから!」
けれども、その笑いは長続きしなかった。
「本当に……」
少女の顔から笑みが消えた。
「……いつもいつも歳下の女の子に意地悪されて、悔しくないんですか? 『やめろ』の一言くらい、言ったらどうなんですか?」
返事はない。いつもの事だ。
彼はいつだって、一言も口を聞いてくれない。
「先輩……」
ポタリ、少女の目から涙が零れた。
「……どうしてあのとき、私をかばったりしたんですか……」
ベッドの上では、医療機器に繋がれた少年が眠っていた。
「どうして、普段は鈍いのに……あのときだけは、暴走した車に反応できたんですか……!」
その穏やかな寝顔が気に入らなくて、少女は思わず声を荒げた。
「もう半年ですよ……!? このねぼすけっ! そろそろっ……」
感情が
「そろそろ、起きてくれても良いじゃないですかっ……」
少女は泣きじゃくりながら、少年の身体に縋り付いた。
「先輩は本当に馬鹿です……! 私をかばったりしなければ、こんな事にはならなかったのにっ! 楽しい思い出だって、いっぱい作れたはずなのにっ!」
彼が昏睡状態に陥ってから半年間、少女は色々な事を試した。
ショックを与えれば目覚めるかも知れない——そんな希望に縋って、彼の感情を一番揺さぶれる方法を探し続けた。
彼が好きだったものを近付けても意味はなかった。
彼が喜びそうな事をしても意味はなかった。
だから——彼が嫌がりそうな事をやってみたのに。
結局はそれらも、意味はなかった。
「先輩……ごめんなさい……ごめんなさい……」
雨降りの土曜日。
病室の中にも、切ない雨が降り注いでいた——。
☆—☆—☆
少女が何をしても、少年の心に深く届く事はなかった。
少女がしてきた事は、全くの無意味だった。
だが、彼女は一つだけ勘違いをしていた。
『感情を揺さぶるために、彼が嫌がりそうな事をする』
では、少年が一番嫌がる事とは何だったのか。
泣きじゃくる少女は、それが分かっていなかった。
病室に悲痛な泣き声が響き渡る。そして——。
——少年のまぶたが、ピクリと動いた。
嫌がらせをする少女の話 初霜遠歌 @hatsushimo_toka
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