後編

ニックとリーゼは出会った日から会話を積み重ねて行った。なかなか感情を表出させることができないニックに対して、リーゼが雪解けを手伝うかのように感情を溶かして行ったのだ。


だが、そんな日が一ヶ月続いた夕暮れに異変が起こった。

リーゼが姿を現さなくなったのだ。最初のうちは、「一日くらい」などと思っていたが、いよいよ三日続いて現れなくなり、ニックは焦り始めた。


しかし、そこでふと気づく。

『なぜ、焦っているのか』と。考えても考えても答えが見つからない。

リーゼの言うように紙に起こしてみれば、不安や心配という文字が出てくる。


「そうか……俺はリーゼが心配なのか。話し相手がいないもんな」


どこかモヤモヤとした感情に囚われながらも銃を懐にしまい込んで、外へ情報を求めて飛び出した。しかし、なぜだろう? いつも以上に感覚が鋭敏に研ぎ澄まされていて、次にすべき動きが鮮明に浮かんでくる。


「すぐにリーゼの居場所は特定できる……そんな気がする」


ニックの予想はすぐに的中した。街の中でも海辺の高級住宅街に居る情報屋がネタを持っていた。ネタとはいっても、リーゼへ直接的につながる話ではなく、『ここ最近、失踪事件が相次いでおり、近いうちにアルベル市街の美少女たちを人身売買する奴らがいる』というものだ。


「……。リーゼみたいな子が何日も来ないなら『来れない状況にあるのかも』しれないな」


そう独り言を呟いた瞬間、自然と目が鋭くなり、脈拍の速度も上がる。

そして、ニックは情報筋から得た話を元に、ある場所に向けて静かに歩き始めた。


※ ※ ※


その頃、アルベル市街の西側。

隣国へと繋がる大きな海を前にリーゼは、入り江にある船着き場を歩かされていた。西から照りつける夕陽が水面に反射するが、そんな綺麗さとは裏腹に汚い言葉が飛ぶ。


「ほら! とっと行け!」

「手を縄で縛られてんだから仕方ないでしょう!」

「黙れ、殺されてぇーか!」

「くっ、痛いじゃない……」

「いい顔になったじゃねぇか。ピンク髪の嬢ちゃん」


リーゼは誰よりも分かっていた。きっとこの船に乗れば最後、この街に帰って来る事さえ叶わなくなると――。ただ、それでも相手は自動小銃で武装している上に、拉致された人間は自分だけじゃない。はっきり言って敵うはずがない。


それでもリーゼは抗う。自分に心を開いてくれた一人の青年の為に――。


「私はね……。今、拉致られる訳にはいかないの――がはっ」

「お寝んねしてな? 無駄な抵抗だって事を知れ」


無情にもリーゼは、男たちに力ずくで船内へと放り込まれそうになる。

しかし、その時だった。目の前に居た男たちが2人、3人と倒れていく。


「なにが……起こって……あ、あれは――!」


水面に反射する夕陽を背に、ジャケット姿のニックがフック付きのワイヤーを崖から船着き場へと撃ち込み、拳銃を片手に滑空してきた。船に乗っていた拉致グループのメンバーも襲撃に勘付いたのか、自動小銃で応戦しようとするが、ニックは素早く全員の眉間を撃ちぬき、息の根を止めた。


「リーゼ! 無事か?」

「うん」

「でも、怪我してる。殴られた?」

「うん、すこしだけ」

「そっか。無事で良かった。うっ……ううぅ――」

「え!? ニック、大丈夫?」


リーゼの安全が完全に保証されたことが分かった瞬間、ニックは吐き気に襲われた。なぜか、殺した時に感じなかったはずの感情が一気に押し寄せてきたのだ。


リーゼはひたすら、ニックの背中をさすり続ける。


「ごめん。私が捕まらなかったらこんなことにならなかったのに……。ごめん、ごめんね? ニック」


そして、船着き場に付いたニックの手をリーゼが暖かく包み込む。すると、なぜだろうか。自然と吐き気も薄くなり、満たされた感覚になる。


「でも、本当に守ってくれてありがとう」

「――!」


そんなリーゼの言葉に自分の感情が震え、ようやくモヤモヤした感情に答えが出た。今まで喉の奥で引っかかていた言葉を今紡ぐとしたら、この言葉しかない。


「リーゼ。僕の前から居なくならないで欲しい。僕は君が好きなんだと思う」

「えっ? あ、あはは! 随分と急なプロポーズだねぇ~? え、え~っと……とりあえず、保留で!」


ピシッとごめんなさいポーズを取るリーゼに対してニックはどこかピンとこない顔で首を傾げる。


「ん? あれ、私の思った意味と……ちがう? ん~っと、ニックの思う『好きな人』――つまり、私ってさ? こう、何が何でも放したくないみたいな人ってこと?」

「うん、そんな感じ、かな? ずっと一緒に居たい」

「お、おう……ドストレートに言われると恥ずかしいっ……」

「ダメ?」

「いや、ダメじゃないけどさぁ……?」

「じゃあOK、だね」

「うわぁ……極論来ちゃったぁよぉ~。まぁ……でも、楽しいからいいっか! そんじゃあ、私たちの世界を変えちゃう、めちゃ旨コロッケ食べに行こっか!」


こうして二人はアルベル市街へと消えて行った。

今後もリーゼは『ニックの良き理解者として』――ニックは『誰よりもリーゼを守る人間』として、この街で生きていくだろう。










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