ものづくりの危機一髪

榊 薫

良い道具づくりに挑戦

 排水処理のできる薬剤を開発する研究はそれなりに面白かったのですが、処理品の製造では自分の考えた薬剤が実際に工場で使ってもらえるところを想像できるので実感が湧いてきます。

 新たな薬剤を製造委託する前に、試作品を提供することになりました。ところが、水道水を使うと沈殿ができることから、イオン交換水を使わざるを得なくなりました。イオン交換の実験でいくつか報告を出したことがあり、懐かしさがこみ上げてきて自分で作ることにしました。作業場所は自宅のふろ場です。

 原料の入った一斗缶容器と調合する試作品はそれぞれ一つの重さが20kgあります。その昔、ギックリ腰を患ったことがあることから、20kgを持って運ぶことで、ギックリ腰がいつ再発するか分かりません。再発したら試作品を製造できなくなります。

 再発の危機を避けるため、はじめに、玄関からふろ場まで運ぶための道具を作ることにしました。100均ショップでも同様のものが売られていますが、持ち上げやすくすることを考えて、木の板を使ってキャスターを取付け、原料の一斗缶または試作品が1つ乗る小さな台車を作りました。

 畳んであるポリエチレン製の20リットルの袋状容器を膨らませて、その中に原料を入れるのですが、膨らませ方もコツがあって、重なったところを力任せに外側に引っ張るのではなく、重なった角の所が浮くように真ん中を浮かして、つまめるようにしてから、重なっている角同士が離れるようにゆっくりと広げて行くと、しわが寄らずにきれいに角が丸く仕上がります。

 膨らませたポリエチレン製容器に原料を小分けするため、原料の一斗缶を傾けながら、ポリエチレン製ビーカーに一定量小分けすることにしました。最近の体重計では時間がたつと、量っているにもかかわらず自動的に表示が消えてしまうので使えません。そこで、あらかじめ一定量の重さをビーカーに量り取り、目盛線を引いて、その線まで一斗缶を傾けて原料を入れることにしました。一斗缶を持ち上げながら目盛線ぎりぎりに原料を入れるのは、腰にかなりの負担がかかります。そこで、傾ける道具を作ることにしました。

 テコの原理を使うことで楽になるはずです。一斗缶高さのほぼ中央付近が寄り掛かることのできる棒を横方向に設置しました。その棒に立て掛けた板が棒から離れずに左右に回転できるよう、板に留め具を取付けました。その板に一斗缶を乗せて滑り落ちないように板の下側に2個のL字金具を取り付けました。一斗缶を乗せた途端、L字金具が2個とも外れて壊れました。もし、一斗缶のふたを開けていたらと思うと「ぞっ」とします。幸い、ふたをしていたので原料が飛び散る危機を回避することができました。

 L字金具の取り付けネジは各1本でしたので、棚を取り付ける大きなL金具を調べたところ、3本のネジで固定するものがあることが分かりました。そこで、2本の大きなL金具を板に固定し、再挑戦です。

 横棒に立て掛け留め具で取り付けた板に一斗缶を乗せようとしても板とL金具に引っ掛かって、板の上を滑っていきません。そこで、板にテフロンシートを張って、一斗缶を乗せみたところ具合よく滑って乗せることができました。

 いよいよ、傾ける作業です。横方向に固定した棒に、寄り掛かるように一斗缶を乗せた板が留め具で取り付けてあります。その板の下側を片手で持ち上げると、横棒の上で板が軽々と傾き、缶の注ぎ口が自由に上下しました。缶のふたを開け、注ぎ口にノズルを取り付け、その下にビーカーを置き、傾けて見ました。具合よく原料が流れ出てくれます。ちなみに、一斗缶を傾けて液を取り出すとき、中身の半分くらいまでは缶の注ぎ口を傾けたとき缶の上側になるようにして、空気の入り口を作ってあげなければなりません。調子よく、ビーカーに小分けして取った原料をそれぞれのポリエチレン製容器に移して、一斗缶の中身を半分ほど取り出したところで、傾けたとき缶の注ぎ口が缶の下側になるように缶を置き直して、原料を取り出しました。

 ところが、最後の原料を取り出すため、缶を傾けたところ、缶が動き始めました。一瞬何が起こったのか分かりませんでした。次の瞬間、缶ごとずり落ちて原料が飛び散ってしまうことに気付き、慌てて持ち上げていた板を下ろしました。危機一髪のところで食い止めることができました。もし、気付くのが遅かったら、下にこぼれた原料をふき取りながら嘆き悲しむところで、冷や汗が噴出しました。

 最後に傾けたときに缶は下に向かってかなり傾いていました。缶が下に落ちないように、バンドで止めておけばよかったと、つくづく後悔しました。

 小分けした原料の入ったポリエチレン製容器には、それぞれにイオン交換水を一定量ずつ入れて、試作品を完成させることができました。

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