10
「蛟様――天青様がどんな方かって?」
玉藻の問いに女童たちは顔を見合わせた。
遊び道具にと美しい毬を持ってきたふたりと縁側から庭に出て共に毬つきをしていたとき、そんな会話になったのだ。
どうやら天青というのが蛟様の名前のようだが、そう呼んでいいのか玉藻などはまだためらってしまう。
「うーん、気難しい方かなあ。そう思わない、紺?」
「アタシはめんどくさい方かなぁって。そうじゃない、藍?」
気難しくて面倒くさい……それはなんというか、かなり厄介な人柄がうかがえるのだが。
女童たちの主人に対する率直な物言いに玉藻は苦笑した。
縁側の向こうは玉藻が与えられた部屋専用の小さな庭になっていて、そこにしょっちゅう藍と紺が遊びに来る。彼女たちの仕事はというと玉藻の世話係だそうなのだが、これではどちらが面倒を見ているのかよくわからない。
そういえば、此処は水底にある大きな社殿――というよりは邸のよう――だが、地上とおなじく昼夜は訪れた。
陽が沈み、昇る。
揺らめく天の水面に移る太陽を不思議な光景だと思いながらも、此処で過ごすうちに玉藻も見慣れつつあった。
鶏は鳴かないが朝は来て、鴉は叫ばないが夜が訪れる。
いままであった常識とは少し違うが、昼夜があるということで眠る時間も食事の時間も大体推し量ることができるから助かった。
「そうだ、
「わあい、アタシ餡蜜大好き! 玉藻さまは?」
「……あんみつ?」
おやつというからには食べ物なのだろう。
玉藻にとっておやつなどという贅沢は滅多に出来るものではなかったし、森で採った甘酸っぱい実をつまんだり芋を煮たりする程度だった――という話をすると、心底、哀れなものを見るようなまなざしを女童たちに向けられてしまった。
「玉藻さまっておかわいそう」
「餡蜜も知らないなんて……きっとカステイラやクリィムソーダなんて見たら卒倒しちゃうんじゃないかしら」
「かす……し……?」
異国風の発音に戸惑っていると「今度、涼音に頼んで用意してもらいましょ」と話しあっているようだった。
涼音というのはこの邸で仕える寡黙な少年である――女童たちとおなじで、蛇が顕現変化している妖人であった。
眷属たちを含め、食事を用意するのが涼音の仕事の担当だ。
「紺、藍」
襖の向こうからふたりを呼ぶ少年の声がする。
はぁい、と毬を玉藻に預けると広縁から室内に小走りに上がって、おやつを持ってきた涼音を出迎えた。
「……急に、開けるな。驚く」
「呼んだのはそっちでしょ!」
「開けてって言ったのは涼音じゃないの」
やいのやいの言われている涼音を見ていると思わず頬を緩めてしまった。
仲の良い兄妹のやりとりを覗き見ているような心地がして好ましい。
玉藻が近くに来ると誰もがひそひそと噂話をしたり、憎々しげに睨みつけたり、異形の子だと囃し立てたりするばかりで子供同士のこうしたやりとりを見るのが新鮮だった。
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