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「で、何しに来た」


 苛立ちが天青の声に滲み出ている。

 とりあえず仕切り直しということで応接の間に通し、珍客と向かい合って座ったものの天青の不機嫌は継続していた。

 玉藻はハラハラしながら客人と夫との間で視線をさまよわせている。


「――何、とはご挨拶じゃのう。ほれ手土産」

「要らん」


 差し出されたのは菓子の包みのようだが、一瞥しただけで天青は手をつける気配はなかった。強情っぱりめ、と嘆息しながら鸞がひらいた包みからまんじゅうを手に取り、ひょいと口に運んだ。


わらわたちは謝罪に来たというに……さすがに申し訳ないからのう。蛟は治癒するのにかなりの時間を要したじゃろうし」


 治癒――その言葉に胸がぎゅっと縮まる想いがした。やはり天青は酷く負傷していたのだ。それなのに一緒にいることさえも出来なかった自分の無力さを玉藻は恥じた。


「天青さま……もう大丈夫、なのですか」

「――大事ない。このまがツ鳥が勝手なことを言っているだけだ」

「それほどまでに可愛い嫁の前で見栄を張りたいのかや。ほんに阿呆らしいこと――長いことこの淵は血の色に染まっておったじゃろう。蛟の血の色にな」

「っ……!」


 玉藻が息を呑んだことに気付きながらも鸞は鮮やかな紅を刷いた唇に笑みを刻んだ。


「大体、凶ツ鳥とはなんじゃ。妾たちは人間からは吉報を運ぶと信仰されておるという瑞鳥ぞ……ほっほ、まあよいわ。愛しい女を迎えにもゆけず、さぞ歯がゆい思いをしたんじゃろうて。そう思えば面白くもあるわ」


 ちら、と玉藻へと視線を向けた鸞は手にしていた扇を開き口元を覆い隠した。

 そのとき、すい、と立ち上がった鳳が卓を回り込んで玉藻に近づくと頬を手挟んだ。「おい」と玉藻のすぐ隣から制止の声がかかったが、意に介したようすはない。


「申し訳ないことをしたと思っておるのだ。儂は――特に玉藻、お前には、な」

「私、ですか……?」


 ああ、と気だるげに鳳は頷いた。

 至近距離で見るとさらにいっそう美しい。鳳はきらきらと眩しい黄金そのもののような妖人だった。


「――蛟よ、このようすだとまだ玉藻には何も話しておらぬのだな?」

「話そうとしたときにおまえたちが来たんだ……本当に邪魔ばかりする」


 嘆息した天青を見て、鳳は「仕方ないか」と眉ひとつ動かさずに言った。


「……鸞、どうやら儂らは邪魔者のようだぞ」

「邪魔⁉ なんじゃとー! 不敬であるぞっ、妾は妖人を束ねる……」

「鸞、儂らは妖人たちのまとめ役というだけだぞ。偉ぶるのはよくない」


 ぎゃあぎゃあと喚く鸞を睨み、天青は眉を顰めた。


「――うるさい。特に鸞が」


 冷え切った声音に一瞬、その場の空気が凍り付く。部屋の隅で成り行きを見守っていた紫水がひゅうと口笛を吹いた。


「用が済んだなら帰れ。謝罪は受け容れた」

「そうか。では行くぞ鸞」

「えっ、そ、そんなあ鳳……! もっとこやつらで遊びたいのじゃが妾っ」


 鳳にがしっと首根っこを掴まれながらもじたばたと鸞が藻掻いている。

 く、首が締まる……としゃがれた声で言っていたが鳳は気にもしていないようだった。引っ掻き回すのが大の得意である鸞に向かって呆れたように嘆息したあと、鳳は、じっと食い入るように玉藻を見つめた。


「また、会おう。玉藻――いや『鵷鶵エンスウ』よ」

「鳳さま……?」


 しゅ、と濡れ縁から庭に下りたふたりの姿が掻き消えたかと思えば、ひらりはらりと炎の色の羽根が草叢に舞い落ちた。

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