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庭木で羽を休めている橙色の小鳥が甲高い声音で囀っている。
「ホウサマノオナリ! ランサマのオナリ!」
「天青さま……」
またあのふたりの妖人が攻め入って来たのか、と緊張した面持ちで天青を見上げたのだが――当のこの領域の主人はしらっとした眼で小鳥を見ていた。
それどころか「まったくあいつらと来たらもう少し空気を読めんのか」と苦々しげにつぶやいている。
そんな緊張感に欠ける状況の中で水天に高笑いが響いた。まさか庭から乗り込んでくるのか、と思いきや。
「わははははははははっ☆ 来たぞっ、来てやったぞこの妾が!」
ずばーん、と背後の障子戸が勢いよく開かれる。
主人にこの騒々しい来客を告げに来た涼音を脇に追いやりながら部屋に乗り込んで来たのは瑞鳥の妖人である鸞だった。「耳が
あいつらのことは無視すればいい、などと無茶を言いながら玉藻を抱く腕に力を込めた天青に、玉藻は頬をほんのり赤に染めた。
「おうおう、独占欲が強すぎやせんかや。もう
「当たり前だ――貴様らは敗者なのだから、玉藻のことは諦める。それが掟だろう」
「でも惜しいものは惜しいのじゃ! ぐやじいぃ、のう鳳、もう一度【領域戦】を仕掛けようではないかっ」
「たわけたことを言うな」
鸞は子供のように畳に寝転がって、じたばた手足を動かして駄々を捏ねている。その横腹を軽く爪先でつついて鳳は言った。
「敗者がいつまでもぐだぐだというものではない」
「敗者……」
玉藻がぽかんとしていると鳳は「蛟も嫌味なやつだな」とちらりと天青を一瞥した。
「当然すぎてこの娘には言うまでもないということか――【領域戦】で儂たちを撃退し、勝利したのは己である、とな」
「そういうわけでもない。ただ些末なことを話す機会がなかっただけだ――久々に会えた妻との時間を堪能して何が悪い」
「ひゃっ」
頭にそっと唇が寄せられ、しゃらりと簪についた白の宝玉が揺れた。
先程から話に出てきた勝利――という言葉が玉藻は気にかかっていた。
ということはつまり、天青が鳳たちを打ち負かしたということなのだろうか。
ひとり現世に戻り、蚊帳の外に置かれていたことが申し訳ないやら悔しいやらで玉藻の心は千々に乱れた。
玉藻がいることで天青が存分に争うことができない、という理由で現世の【風花の里】へと逃がしたと頭ではわかっている。が、しかし――「どうかしたのか」と天青に顔を覗き込まれ「なんでもありません!」と玉藻は勢いよく首を横に振った。
「ほうほう、玉藻よ。興味があるのなら語ってやるぞ! 我らはひと月にもわたる激戦を繰り広げた。命を削り合い――火焔と氷の激しい撃ち合いにどこぞから見物人まで集まってくる始末。いつのまにかこの蛟の領域に集まって来た妖人共が茣蓙を拡げ、団子を食べては戦いの行く末について賭けを始めたほどでのう」
「はは、いつのまにか【領域戦】が娯楽にってね……! こいつらすげーよな。俺ではとてもじゃないけど真似できないわ。せいぜい面白い見世物があるぞって宣伝するぐらいで」
ひょこ、と庭から縁側へと上がって来たのは蜥蜴の妖人である紫水だった。示し合わせたわけでもないだろうに偶然、遊びに来たようだ。
「紫水さま、ご無事だったのですね! よかった……」
「玉藻ちゃんも元気そうで何よりだよー!」
ほのぼのしている間も熱の入った語りは続いていたらしく「ついに!」と大声で鸞が叫んだ。
「――というわけで、雌雄を決したのよ! わーはっはっはっは!」
「途中はよくわかりませんでしたが、よかったです。天青さま」
「あは、俺も入場料やら何やらで懐が潤っちゃったよ! ありがとな天青っ」
複雑そうな顔で「またうるさいのが増えた」と天青はぼやいて、玉藻の肩に顔を埋めた。
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