34
「玉藻。目が醒めた?」
「……幸久、さま?」
何故ここに幸久がいるのだろう。
頭がひどくぼんやりとしている。まるで大切な何かを失ってしまったような。
深く胸に残る痛みの理由を思い出せないまま彼の名前を呼べば、幸久は大輪の花のような笑みを見せた。
「最近、寒くなったから眠っている時間が長くなったね。起きられそうかな」
「はい……」
ゆっくりと軋む身体を支えてもらいながら玉藻は起き上がる。
この方が幸久さま。【風花の里】の組頭の一人息子で、玉藻のような「異形」にも親切にしてくださる優しいひとだ。
一年近く行方不明になっていた玉藻が水津ヶ淵に流れ着き、そこで倒れているところを幸久が拾って屋敷へと連れ帰ってくれたのだ。
いまとなっては、どうしてそんな場所に自分がいたのか玉藻自身も憶えていなかった。
あまりの不甲斐なさに嫌になるが、いいんだよ、と幸久は微笑む。
玉藻のように「醜い」うえになにひとつ「役に立たない」娘に価値なんてまるでないのに……まるで宝物か何かみたいに接してくれる。きっと幸久がいなければ玉藻はこの里で生きていくことは出来ないだろう。
玉藻を庇い、誰にも見つからないよう奥座敷に隠し、守ってくれる彼がいなければ。
「お腹は空いたかい」
首を横に振れば「だめだよ、少しは食べないと」と叱る。
幸久は粥の入った椀を片手に持ち、そこから掬い取ったひとくちぶんを掬い取って玉藻に向けてきた。
おとなしく口を開けば嬉しそうに「えらいな玉藻は」と過剰なまでに褒めたたえてくれる。
あいまいな笑みを返すとそういえば佐熊山の紅葉が始まったよ、と嬉々とした表情で語った。
玉藻が■■さま、に嫁ぎ、この里から姿を消した秋。
しんしんと雪が降り積もりすべてを覆い隠す冬。
桜の花が優しくほころび、風に舞いひらひらと落ちていく春。
じりじりと大地を焦がす夏が過ぎて、とうとう里に「また」涼やかな風吹く秋が訪れた。
『――玉藻』
紅い葉――揺らめく水面を一面に染める紅葉。
何かを思い出しそうになり、つきんと頭が痛んだ。
玉藻は水津ヶ淵のあたりでぼんやりしているところを幸久に保護されることになったという。玉藻の見目は「目立つ」ので、布で髪を覆って人目を忍び屋敷へと連れて行かれた。それきり、屋敷の外に出たことは、ない。
それゆえに何もかもすべて、幸久から玉藻が聞いた話である。
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