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 ◆


 いつまで経っても初心な娘だとは思っていたが、よもやこれほどまでとは思っていなかったというのが天青の感覚だった。催淫効果もあると言われる香を焚いた部屋に招かれ、何もされないでいるとも思わないだろう――だが、いまだ状況を飲み込めずぼんやりと天青を見上げている花嫁を見て、ごくりと喉を鳴らしてしまった。


「おまえを食べたい」

「……あの、それは」

「案ずるなもうひとのみにはしない。すこしずつ味わって食べてやりたい」


 焦らすように手の甲で首筋を撫でてやると刷毛でなぞったかのように鮮やかな色に染まる。元の肌の色が薄いせいだろう。身に纏った衣を剥いで、すべて同じ色に染めてやるのもまた一興、そう思っていたところで玉藻が申し訳なさそうに言った。


「でも天青さま、私の身体には、いまその……痣があるようで」

「ああ――」


 天青は帯を解いて襦袢姿になったところからさらに衣をめくりあげ、むっちりと肉のついた太腿を眼前に晒した。ひ、と小さな悲鳴が身体の下から聞こえてくる。青黒く縄が巻き付けられたような跡を見て、天青は笑みを深くした。


「これは私が刻んだものだ。おまえが私のモノだ、と誰でもわかるように――何物にも手出しされないように」


 縄のように見えたそれは蛟の鱗のあとだ、と教えてやって、指先で跡をなぞってやるとびくりと身体を揺らした。


「くく、感じやすいようだな」

「な、なんのことでしょうか……」


 柔肌を這いまわる蛇の舌に翻弄される花嫁を見下ろしながら、ようやく迎えたひとときに天青は満足げに微笑んだ。まだ夜は長く続くことを喜びながら。




 日差しが障子戸から差し込む中、もぞりと腕の中にいた玉藻が身じろぎするのがわかった。背後から絡みつくようにして捕らえたまま耳元に唇を触れさせると、びくりと昨夜の余韻を残しているだろうからだが揺れ動く。

 軽く耳朶を食みながら「起きたのか」と問えば、こくこくと上下に首を動かして頷く。

 唇をきつく噛みしめてあられもない声が出ないように必死に押しとどめているのは明らかだった。

 涙ぐましい努力だとは思うが、その唇をこじ開けることは容易い。


「玉藻」


 名前を呼んで、足を絡めて身動きがとれないようにしたまま首筋を吸うと白い肌に赤い花が咲いた。ひゃわ、と小さな悲鳴が耳に快くて天青は目を細めた。


「身体はどうだ……すこし無理をさせてしまっただろう」

「あ……」


 身もだえする玉藻を見下ろしながら、天青は笑った。

 背中に鼻を摺り寄せ、甘い香と汗が入り混じったようなにおいを嗅ぐと嫌がって玉藻がじたばたと暴れた。

 蛟が拘束しているというのに、こうも羽搏はばたけるとはさすがは瑞鳥族の娘なだけあるな、と感心してしまう。


「天青さま……いじわる、言わないでください」

「すまない――疲れているだろう、今日はゆっくり休むといい」


 またおまえを食べられるように、そう囁くと白い肌が真っ赤に色づいた。わかりやすくて実に好ましい。


「天青さまも、今朝はその……」

「ああ」


 控えめにねだられると不思議と是が非でもかなえてやりたくなるから不思議だった。


「私も、しばらくおまえと微睡んでいたい。このまま、ゆっくりと」


 優雅な朝寝をするためにぴったりと身体を寄せ合ったまま、天青と玉藻は再び瞼を閉じたのだった。

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