終章 幸せな花嫁

49

「というわけなのです……あねさま」

「あ、姉さ……まっ⁉」

「どうなさいましたか、姉さま……?」


 びくっと肩を揺らした鳳は悶えながら「な、なんでもないから気にするな……」と胸を押さえて押し黙った。


 玉藻は、陽月社殿――鳳と鸞の領域を訪ねた。ひとりで訪問するつもりではあったのだが、天青が許さず一緒に行くと言い張って聞かなかった。とはいえまた先日のような争いにでも発展したら、と思い玉藻は強めにお断りした。


「にしし、鳳さまって結構可愛らしいね!」

「ええ。お可愛いですわ!」


 その代わりにせめて、といって藍と紺を伴うように命じられたのだった。蛟の眷属のなかでも力が弱いとはいえ、彼女たちも立派な妖人――まだ常世の妖人たちの常識に疎い玉藻の補佐を務めるのには十分である。


「……小癪な童どもだ」


 ぎろ、と鳳に睨まれてきゃあきゃあ言いながら玉藻に抱き着いたが、本当に困っているわけではないようだ。変に隠すこともせずくすくす笑い声を上げている。ただの世間話ではあったのだが、よくわからないところが女童たちのツボに入ってしまったらしい。首を傾げながら玉藻は鳳に尋ねた。


「そういえば今日、鸞さまはいらっしゃらないのですか?」


 手土産にもたされた涼音特製の菓子を、鸞にもぜひ味わってもらいたかったのだが「儂がすべて頂こう」と鳳があっという間にぺろりと平らげてしまった。


「ああ、あいつは領域外の知人へ挨拶回りだと。出不精の儂とは真逆で、あれは外出を好んでおってな……」

「そうなのですね……」


 いちど鳳のもとへ挨拶に伺いたい旨を告げる手紙を送ると、日時を指定した返事がすぐ届けられた。だからきっと、鸞もいる日を選んだのだと思っていたのだけれど――。少し残念に思っていると、鳳は眉を寄せて息を吐いた。


「蛟のもとへ発ったときも本来、儂だけで行くと話していてたところをあれが『妾も!』などと言い張って【領域戦】などと大ごとになってしまったのだ……蛟には悪いことをした」


 こほん、と咳払いをすると鳳は空色の瞳をぱちりと瞬かせ、玉藻を見据えた。


「ところで、そのおまえ――先ほど儂を、あ、あ姉……と」


 指摘する鳳の声が裏返っていた。

 よほど気分を害したということだろうか。玉藻は顔色をぱっと悪くし、平伏する。


「あ――す、すみません、失礼な呼び方をしてしまって……その、私に縁者がいたというのが嬉しくて、つい」


 天涯孤独の身で、現世の義父母も既に亡くした玉藻にとって、ようやく出来た親類縁者が鳳と鸞である。いまは紅の宮の皆――天青がいるけれど、彼女らとのつながりもまた玉藻にとっては嬉しいものだった。


 だからこそ嫌われたくは、ない。


「よい」

「え?」

「好きに呼ぶがよい――儂は気分を害してはおらぬ、我が『妹』よ」


 ふい、と視線を逸らしながら言ったがたしかにいま「妹」と鳳は言ってくれた。

 それが嬉しくて「はい」と大きな声と、花がほころぶような笑顔で玉藻は返事をしていた。

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