第六章 水底の花嫁
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水天から降り注ぐ日差しが鮮やかに紅の宮を染めていく。
透き通った硝子戸越しに眺める庭の草木は、黄金に色づいて息を呑むような美しさだ。
かつては馴染みのものになりつつあった朝の風景も久しぶりに目にすれば感慨もひとしおだった。
縁側に出て、大きく伸びをして吸い込んだ静謐な空気が身体の中にゆっくりといきわたるのを感じ、玉藻は口元を緩めた。
「玉藻さま、おはようございます!」
「おっはよー!」
女童たちが朝の支度を手伝いにやってきたので、玉藻は部屋の中へ戻る。
ちょこちょこと歩くふたりの仕草は愛嬌があり、ちいさな花がほころぶような笑顔は慕ってくれているのだとすぐにわかるものだった。
「今日はどんなお着物にしましょう。菖蒲とかどうですか?」
「えー、アタシは
きゃあきゃあ甲高い声で交わされる会話を聞きながら玉藻が選んだのは白い百合の柄だった。色白な玉藻によく似合うそれ。
「この簪、使ってもらえる?」
玉藻の黄金色の髪を櫛で梳かし始めた紺にそっと懐から取り出した簪を差し出した。
「あ! これって天青さまがプレゼントしたものだよね」
「ええ」
金剛石をあしらった白百合の簪は、現世にいる間も密かに隠し持っていたものだった。不思議なことに幸久や女中たちにはこの簪が「見えない」ようで、見つかることはなく、取り上げられることもなかったのだ。
「……玉藻さまって、やっぱりそうなんだ」
「うん」
ひそひそと囁き合う紺と藍のようすに首を傾げていると、天青までもが部屋を訪ねてきた。まだお顔を見せる準備が出来てませんから、と必死で押し返していたが「構わない」と突っぱねられる。
勢いよく開かれた襖の向こうに立っていた天青は、玉藻の姿をみとめると安堵の息を洩らした。
「……変わりはないか」
「はい」
「…………」
しばし見つめ合うこと数拍の後に、紺が「ええ?」と不満を滲ませた声音で天青の前にずずいと歩み出て抗議を示した。
「あのう、天青さまもしかしてそれだけ? 相変わらず朴念仁すぎだよー」
「そうです、そうです。もうちょっとないんですか、今日も顔を見られて嬉しいよとか。可愛いね、とか!」
「当然のことを敢えて口にする必要がどこにある」
「「だめだこりゃ」」
はーあ、とそろってため息を吐いた女童たちを押しのけて天青は玉藻の前に立った。
じっと黄金色の双眸で玉藻の頭のてっぺんからつま先までじっくりと見つめる。あまりにもじっくりと凝視されていたので玉藻の頬はかっと熱を帯びて朱に染まった。
「その簪、やはりおまえによく似合う」
「あ、ありがとうございます……」
戸惑いながらも喜びを滲ませた返答に、天青も頬を緩めていた。
「もうちょっと誉め言葉の語彙増やした方がいいと思うけどなあ」
そんな主人のようすを見ていた藍と紺のふたりはやれやれと肩を竦めたのだった。
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