22

 ちょうど、半数の報告が終わったところで会合は一時中断となった。休憩時間を挟んでその後に、また再開するという。

 最初はおとなしく言葉を交わすばかりだったが誰かが持ち込んだ酒を飲み始めたところから、次第に本堂は宴席のような状態となっていった。


「まあ……」


 思わず言葉を失うほどの、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎになりつつあったそのとき――天青が耳元で「うるさくて構わん」と妙に艶のある声音で囁いた。玉藻はぞくっと背筋を震わせる。


「中庭があるからしばらくそこにいろ、あとで迎えに行く。このままだとおまえまで絡まれる」

「かしこまりました」


 そう言い終えた天青は数人の男から「おいもっと飲めよ」とか、「なんだよ嫁さんなんか連れてよぉ」などと酒をがれていた。肩に腕を回されたり、声をかけられたりしているところを見ると天青は妖人たちから好かれているのだろう。


 そんな天青を遠巻きに女たちが眺めている。

 なんだか誰もが彼に話しかけたくてそわそわしているみたいに思えてしまう――考えすぎかもしれないが。


 大騒ぎの本堂からそっと離れていった玉藻のことなど、誰も気にしてはいないように思われた。

 言われたとおりの道順で廊下を歩いていくと、濃緑が鮮やかな小さな庭が見えてきた。

 淡い薄もやが漂う庭へと降りれば湿った空気が肌を濡らす。名も知らぬ草花がひっそりと咲くようすを眺めながらぼんやりしていたとき、背後に気配を感じた。


「天青さま……?」


 振り返り、迎えに来てくれた夫に向かって微笑みを向けるとその影はわずかにたじろいだように思われた。


 乳白色の靄を切り裂くように一歩前に出ると、じろりと玉藻を見る。

 玉藻の背後に立っていたのは、牡丹に蝶が舞う艶やかな緋の着物姿の女――先ほど壇上で見た、赤髪の妖人だった。確か、ほうと呼ばれていた気がする。


「黄金色の髪を持つ娘よ」


 淡い水色の瞳が表情をこわばらせた玉藻を捉える。

 鳳は淡々とした口調で言った。 


「……おぬしは何者だ?」

「あ……私は、蛟さま――天青さまの花嫁、玉藻と申します」


 玉藻、とかみしめるように言ってから鳳の手がぬっと伸ばされる。

 指先に絡めるようにして玉藻の黄金色の髪に触れた。つまみ上げた一房を、険しい表情で見つめていた。


「あの……」

「玉藻よ――おぬしは、どこから来た。本当のことを申してみよ、どこの領域から蛟なんぞに嫁入りしたのじゃ」

「本当のこと、と言われましても……【風花の里】です、鳳さま」


 何、と鳳は呆気にとられたような表情を浮かべた。


「それではなにか、おぬしはずっと人間ヒトの里におったというのか⁉」

「うっ……」


 がし、と両肩をものすごく強い力で掴まれていた。ぎりぎりと締め上げられ痛みは強くなる一方だった。


「おぬしは、何故そのような場所に……!」


 凍てつくような冷たさの声が降り注いで身体が竦んだ。

 会合の主催者でもある鳳に対して、何が原因で不興を買ってしまったのかもわからず玉藻は戸惑うばかりだった。

 痛みばかりが鮮烈で、思わず目を瞑ったときだった。


「玉藻!」


 宴席から抜け出して来たらしい天青の声が聞こえて、玉藻は心の底から安堵した。廊下から中庭に飛び降りた天青は鳳から玉藻を引きはがすと、眉を顰め冷たく睨みつけた。


「どういうつもりだ――私の嫁に何か問題でも?」

「問題などない……ただ素性を問うたまでのこと」


 天青に触れられたところを、汚れを落とすかのように鳳は叩いていた。

 その仕草までもが優美で、しとやかだった。


「……まあ、よい。酔いどれ共のところに戻るとするか――毎度のこととはいえ、面倒じゃの。次回からはおぬしのところで会合を開くか、蛟よ」

「御免被る」


 だろうな、と目を細め鳳は言って、息を吐いた。

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