21

「……あぁ」


 本堂と思しき板敷の空間に、様々な髪色や肌の色のものたちが集っている。

 皆が皆、ひとに似た形を取ってはいるものの、明らかに何かが違う。そんな独特の雰囲気が漂っていた。


 そのなかに見知った顔――紫水を見つけ「こっち来いよ」と手招きされる。天青のあとについて玉藻もそばに腰を下ろした。びくびくしている玉藻を見て紫水がわらった。


「圧巻だろ、桜華国の妖人アヤカシビトが北から南まで勢ぞろいだ――と言っても、どこの領域からでもこの陽月社殿がある瑞鳥ずいちょう族の領域まですぐ行けるよう【門】があるからひとっとびだけどなぁ」

「門……?」


 玉藻は紅の宮の端に据えられた小さな戸のことを思い出す。

 あの戸を潜り抜けると極彩色の花園と繋がっていた。


 玉藻の疑問に答えるように「どの妖人の領域にも会合の開催地――陽月ハルト社殿近くの領域へ通じる戸や、穴などを用いた【門】がある。紅の宮においては先ほど使ったくぐり戸がそうだ」と天青が解説してくれた。

 俺のとこの【門】は洞窟なんだぜ、と何故か誇らしげに紫水が言う。


 どうやら形が定まっているものではないらしい。門とは言うが、抜け道のような意味合いなのだろう。ただそれよりも、玉藻には気になっていることがあった。


「あの……天青さま。なんだか私、見られているような、気が」


 気のせい、でなければちらちらと集まった妖人たちから玉藻に視線が向けられている。居心地の悪さに思わず天青の藍色の着物の袖をぎゅっと掴むと、びくっと肩が揺れた。


「あ……申し訳ございません。つい」


 慌ててぱっと手を離すと、いやべつに構わないが、ともごもご口ごもりながら天青が何やら呟いていた。


「なに、蛟が『妻』を同伴してるのがめずらしいんだろ……いままでに一度もないことだからなぁ」


 けろりとした表情で紫水が言ったので、天青が渋面で「おい」と唸るような声で窘めた。


「まあ。一度も……?」

「そ。こいつ女に興味ないんじゃないか、とか仲間内では言われていたぐらいで。天青の草食は有名なんだが……いでっ! 殴ることないじゃんかぁ」


 ぽかりとやられて、涙目で紫水が天青を睨んだところで場が一斉に静まり返った。だんだん足音が、此方に向かって近づいて来る。


 玉藻は皆の視線の先を見た――そこには、先ほど見た不思議な虹色に輝く髪の女と燃えるような赤髪に透き通るような青眼の女がいた。どうやら彼女たちがこの社殿の主人のようである。


「ふむ――皆、集まったようだな」


 柔らかな声音が耳朶を打つ。

 まるで歌を聞いているかのように炎の髪の女の声は快かった。ただ、彼女自身はいまにも欠伸でもしそうな気だるげな表情を浮かべている。


「これより、会合を始める――北の角有族より始め、南の翼背族で終えるからそのつもりで」


 角有族――の名のとおり、最初に話し始めた妖人は額や頭から角が生えている者たちだった。管轄している領域内で起きた出来事についてつらつら語り、次の者へと引き継いでいく。


 そのように流れ、紫水が話し終えた次が天青の番だった。少し高くなった壇上から見下ろしている赤髪の女が天青に目を向け、隣にいる玉藻を見遣った――その瞬間、かすかに顔色が変わった。


「どうしたホウ


 となりにいた虹色髪の女が、艶やかな牡丹の着物を纏った赤髪の女に囁きかけると、すっと元のひどく退屈そうな顔つきに戻った。


「問題ない、ランよ。蛟の天青、そなたの番だ」


 気のない声で呼びかけると天青も粛々と応じた。


「報告申し上げる。……風花の里、淵はよそとおなじで凶作が続いている。見当違いもいいところだが里人は此処にいる娘、玉藻を贄として送り込んできたので、俺の花嫁とした――以上だ」


 天青の言葉に妖人たちがざわめいたのがわかった。

 じろりと鳳の眼が玉藻を捉え、すっと引きはがすようにして離れていった。


「――次、蝦蟇の佐重、続けよ」


 涼やかな空色の瞳は、天青のすぐ前にいた初老の男へと向けられる。そのときようやく玉藻は、自分の目の色が彼女のものがよく似ていることに気付いた。

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