20
抱えられたまま雪道を進んでいくと黄金色の鳥居が見え始めた。
雪の銀と鳥居の金。その対比が美しく玉藻は息を呑んだ。
なだらかな坂道に幾重にも重なって配置される無数の鳥居を、天青はなんのためらいもなくひょいひょいと潜り抜けていく。玉藻の足では時間がかかっていただろうが、天青にかかればあっという間だった。
坂の頂上にあたるだろう場所に到着すると、そこは森の中にある沼地だった。視界を塞ぐように木々で覆い隠された禁足地といった趣がある。
その沼は凍り付いているらしく、そのうえにも雪がはらはらと降り積もっていた。
上がって来た道を振り返れば鳥居の群れがまるで墓標のように連なっているのが見えた。
するとそのとき、天青が何のためらいもなく凍てついた沼に一歩踏み出した。ぱき、と加わったふたりぶんの重みに氷が鳴るのがわかった。
「て、天青さまっ、割れてしまいます!」
「ん? ……いや、大丈夫だろう」
たぶん、と付け加えたのを玉藻は聞き逃さなかった。
それは明らかに大丈夫じゃない、と察しながらびくついた玉藻を宥めるように「心配ない」とひどく穏やかな声音で天青は囁いてきた。
滑らかで甘みを感じさせるその声に、胸を羽根でくすぐられたような心地になる。
そのときだった。
みし、ぱきん。無慈悲な音が足元から響いたのを玉藻は聞き取っていた。
あ。悲鳴をあげる余裕さえなく、ざぶん、と沼の中に天青と共に沈んでいった。
「玉藻」
頬をひんやりと冷たい手で撫でられ、びくと肩を揺らす。
低く甘やかな声に呼びかけられ、玉藻は目を瞬かせた。相も変わらず抱き上げられたまま、夫を見上げると天青は安堵の息を洩らした。
「此方は……」
先ほど、氷を踏みしだき玉藻は天青とともに凍てついた沼底に沈んだはずだ。
水を吸った衣が肌にまとわりつく感触もなければ髪の毛一本濡れてもいない。天青に助けられたのだろうか。
状況を飲み込めず首を傾げていると「よく見ろ」と示す方向に目を向けるように促された。
目にした途端、玉藻は「あぁ」と思わず感嘆の声を上げてしまった。
そこにあったのは豪奢な社殿だ。黒木と白木が美しく組み合わされ、屋根の瓦は青翠の宝玉を使っているかのように眩い輝きを放っている。
真珠や珊瑚までもが社殿の一部に組み込まれており、実に綺羅綺羅しい……若干ごてごてしている感は否めないが。
「悪趣味だろう」
「い、いえそのようなことは……」
内心を見透かされたような気がして思わず声が震えそうになった。
それほど考えていることが顔に出ているのだろうか。むにむにと自分の頬をつまんでいると怪訝そうに見つめられてしまった。
さすがに抱えたままでは、と玉藻が固辞したのでようやく下ろしてもらったのだが、久しぶりに足をつけたおかげでわずかによろめいた。そこをすかさず天青は玉藻の手を取って支えた。
そして手を取られたまま社殿の中へと入って行くと、すっと女が行く手を阻むように立ちふさがった。
女は玉藻とよく似た金色の髪――のようでありながら、角度によって赤や橙、緑などへと色がきらきらと変わる不思議の色味をしている。
「おや、誰かと思えば蛟……しばらくぶりよのう。ようこそ、
「ああ……さすがは鳥頭らしい、阿呆なのが丸わかりの悪趣味だな。宝玉を散りばめれば美しいというものではなかろう――品がないにもほどがある」
「なんじゃと……⁉ この口の悪い蛇めが……!」
怒りで頬を紅潮させた女が、ちらと玉藻を目に留めた。
「――おや、この子は」
瑠璃色の虹彩がぎらりと妖しげな光を放った。
「ほうほうほう……こやつが、あの娘かえ。ようやく迎えたのじゃなぁ」
ずいと玉藻のすぐそばまで歩み寄ると上から見下ろし、くるりと周りをまわってつぶさに観察をした。
「いい色の髪じゃのう、妾の好みじゃ。ほれ、近う寄れ」
「あ、あの……」
不思議な髪色の女が玉藻の顎を持ち上げて、いまにも唇が触れそうな距離まで近づく。
間近で見ると虹のように美しいその輝きに、つい魅入られそうになるほどだった。
そのとき、ぐい、と腰を掴まれて天青のもとへと引き戻された。
「させるか、色狂いの阿呆鳥が」
「なーにが色狂いじゃ。
のう、と艶やかな唇で微笑まれ玉藻は言葉を失った。
女から引き離すと天青は足早に玉藻を連れて社殿の奥へと進んでいく。
残された女だけが、ふたりの後姿を眺めながらぺろりと上唇を舐めていた。
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