19
「玉藻さま、よくお似合いですよ」
「そ、そうかしら……だといいのだけれど」
藍と紺が着せてくれたのは薄桃色の絹の訪問着だった。薄紅と白の菊花が青々とした葉と共に描かれた図案は可愛らしく、玉藻の雪のように白い肌によく合っている。
「ね、天青さま!」
同意を求められた天青の眼差しが此方を捉えると、その瞬間に玉藻は勢いよく俯いてしまった。
避けたつもりではなかったのだが。
はくはくと開いたり閉じたりを繰り返す玉藻の口元を見て、紺が「はっはーん?」と訳知り顔で頷いた。
「紺。いま口を開いたらおまえのおやつは抜きだと涼音に命じる」
「ひ、ひっどーい、天青さまっ! それはあんまりですぅ」
悲鳴を上げた紺に藍は憐れみの視線を向けていた。あーあ、と顔に書いてある。
「涼音、今日、紺におやつは煎餅一枚たりとも与えるな」
「かしこまりました」
えーん、と泣き叫ぶ真似をする紺を無視して、天青は玉藻を腕組みをしながらじっくりと眺めていた。
おしろいを叩いて紅を引き、薄く化粧もしてもらったのだが、どこか変なところでもないだろうか。
激しく打つ鼓動を撫でて宥めていると「悪くない」とぼそりと天青がつぶやくようにして言った。
ほっと安堵の息を吐いていると、紺が「それって最高って意味ですよ」とにんまり笑顔で補足した。
さすがにこれ以上罰を与えてやる気はないらしく(それにおそらく藍が憐れんでおやつを分け与えるだろうし)、天青は玉藻の手を取って紅の宮の庭を歩んでいった。
流れる小さな川に架かる橋を渡り、青い生垣のあいだにつくられた小道を通って、庭を抜ける。そして宮の端となっている真白の土壁までたどり着いた。
天青が案内したのは、玉藻がかつてこの地にやって来た時に見た仰々しい朱塗りの大門ではなかった。
ひとり屈んで通るのがやっとな小さなくぐり戸である。
軋ませながら戸を引いて「頭をぶつけるなよ」と声を掛けてから先に入る。そのあとに玉藻も続いた――と思えば次の瞬間、眩い光に包まれていた。
「……え?」
一歩踏み出した先は、極彩色の花園だった。
季節を問わず様々な草花が芽吹く庭園がそこにある。
桜に百合、竜胆、牡丹……名を知っているものもあれば、見たこともない花もある。噎せかえるほどの花の香りに眩暈すらおぼえた。天青に手を引かれていなければよろめいていたかもしれない。
天青に付き従って歩くうちに、風景が徐々に変わって来た。
生い茂っていた草花は数を減らし見えてきたのは白い雪だった。
【風花の里】にもそろそろ雪花が舞う頃ではあるが、ずっしりと厚みを持って降り積もった雪の道が出来るにはまだほど遠い。
「ひゃ」
そのとき、ずる、と左足が滑って転びそうになった――のを、すかさず天青が受け止めた。
「此処は滑りやすい。気をつけろ」
「申し訳ございま……っあ」
ずぼ、とよろめいた挙句、今度は右足が雪の中に埋まってしまった。
そのさまを見て、ふ、とすぐ隣から笑う気配がした。
「天青、さま……?」
「はは、なんだそれは……言ったそばから、まったく」
声を上げて笑う天青の姿に思わず見とれていると、ひょいと玉藻の身体が持ち上げられた。そしてそのまま横抱きにされる。
「お、お待ちください、このような――はしたない」
「はしたないことなどない。我が妻が転ばないようにしているだけだ」
「で、ですが……」
恥ずかしい。
誰も見ていないとはいえ、羞恥に頬を真っ赤に染めた玉藻を覗き込むと天青がまた、くすくすと笑っていた。
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