08

 玉藻を置いて、蛟は神殿の奥へと消えて行ってしまった。


 その場にはひれ伏したままの玉藻だけが残される。そのとき、にゅるりと小さな一匹の白蛇が玉藻のもとへとにじり寄って来た。


「花嫁さま」


 あどけない子供のような声で白蛇は舌をしゅるりと出して言った。


天青テンセイさまの花嫁さま」


 今度は背後から聞こえた。

 振り返るとよく似た姿の白蛇がしゅるしゅると舌を出したりひっこめたりしていた。

 すると次の瞬間、白蛇の姿は消えた。その代わり青地に銀で菊の刺繍が入った衣を纏った女童がふたり、座り込んだままの玉藻を挟むように現れた。


「あたしはアイ

「アタシはコン


 双子のようにそっくりな女童は玉藻の手を片方ずつ掴んで立ちあがらせた。


「「あたし―アタシ―たちは天青さまの花嫁さまのお世話をするの!」」


 こっちよ、とくすくす笑いながら手を引かれ玉藻は神殿の奥深くへと足を踏み入れた。先ほど玉藻が倒れていた土間を回れ右であとにすると、女童たちは真っ白な鳥居が連なって建立されている石畳の回廊を進んでいった。


 奥へ進むごとに白かった鳥居が紅く色づき染まっていく。思わず見とれていると、


「ねえねえ、花嫁さまのお名前はなんですか?」

「……玉藻、です。藍さま」


 藍さまだって、と言いながら紺がきゃははと笑った。

 もう、とそっくりな顔をした藍が紺を小突く。


 先ほど見た蛟と同じ白銀の髪を、おかっぱに切りそろえた女童たちは幼いながら思わず「さま」と呼びたくなるような威厳があった。


「ねえねえ、アタシは? 花嫁さまっ⁉」

「紺さま……」


 きゃっきゃと手を叩いて紺は喜んだ。

 何か変なことを言ってしまっているのだろうか、戸惑っていると藍が窘めるように言った。


「いけませんよ、玉藻さま。あたしたちなんかを敬ってはいけません――それだけで序列が決まってしまいます」

「序列……?」


 生真面目な表情で言った藍の横から紺が口を出した。

「紅の宮の妖人アヤカシビトたちは、ことのはで相手を縛るの! だから弱気なことを言ったりへりくだった態度を取ったりしていると、ぱくりっ」


 あぐ、と思いっきり紺は大きな口を開けてみせた。底の見えない真っ黒な喉に思わず吸い込まれそうになった。


「食べられちゃうの! アタシだって妖人だもん」

「だめだってば紺。花嫁さま……玉藻さまはまだ此処のことをよく知らないのだから。天青さまもだからあたしたちをつけたんだろうし」

「きゃはは、そうかなぁ。花嫁さま美味しそうな匂いするもんねぇ」


 ぺろりと紺は舌なめずりをした。


「……その、妖人というのはいったい」


 きょとん、とした表情で双子のような女童たちは顔を見合わせた。

 彼女たちが言うには、妖人―アヤカシビト―というのは【風花の里】で言う蛟様……天青様のような存在を指すとのことだった。


 何百年、何千年と生きた妖が賢者や神のごとき知能と権能を得て、もともとの生息地一帯の領域を支配するようになる。


 それが妖人の領主であるのだ、と。


 その領主に仕える眷属の妖たちも同様に妖人と呼ばれるが、そのままでは消滅してしまうほどのか弱い存在であるため領主に仕えることによって顕現や変化といった力を得るのだそうだ。


「紺もあたしもあなたより遥かに力が弱いんです。だから花嫁さまが気を遣う必要なんてないんですよ」

「そう、なの……」


 飛んだり跳ねたり落ち着かなく、自由気ままに動き回っている紺を見ているととてもそうは見えないのだが。


 そんな紺をじろりと睨みつつ、藍は呆れたようにため息を吐いた。


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