15
✦·⋆⋆·✦
妙な娘だとは思っていた。
見目はさておいて、その心が――あまりにも穢れがなく清らかで。よくもまああの下種ばかりの人間の里で生きて来られたものだと思うほどで。
だからこそ、私は。
「まぁた見ているのかい」
水津ヶ淵の周囲をめぐる森の中に潜んで、淵に近づいて来る黄金色の髪の娘を見ていた天青に話しかけたのは黒髪の青年だった。さらりと着流しを纏い煙管と吹かしている男はほとりにいる娘と天青を見比べて「ああ」と頷いた。
「あの娘、美味そうなにおいがするもんな。天青の草食には呆れたものだがようやく蛟の本能を思い出したと見える」
「
うんざりしたようににらみつけると、紫水はおどけたように「冗談だよ」と煙管をくわえたまま言った。
「おまえの主義は知ってるよ。おもしれえよなあ、昔、好いていた女が妖人に喰われる瞬間を見たからって……自分もヒトを喰らうのをやめるとは。潔癖な奴だよ」
けたけた茶化したように笑われて腹が立たないでもなかったが、いちいち事情を説明してやる気もないので放っておくことにしていた。
ちなみに紫水がいった悲恋物語は全くのでたらめであり、誤解である。天青は人間の女を好いたことなど一度もないし、草食と呼ばれるほど人肉から遠ざかっているのも、この世にはもっと美味いものがあると知っているからだ。
ただどうせ紫水に天青のことなどわかるまい。
理解されようとも思っていなかった。
紫水は蜥蜴の妖人で、この水津ヶ淵からもほど近い山を棲み処としているので古くから親交があった。蛟とは食性もどちらかといえば似通っているので、娘を見ながら舌なめずりをしている。
「……あれは駄目だぞ」
「ちぇー。喰わねえなら俺がもらったっていいじゃないかよ」
「いいわけあるか」
油断も隙も無いやつである。
ただ駄弁りに来たと思わせておいて腹を満たす獲物を探している。生きたまま皮を剥ぐのを好むので、こいつだけには――いやほかのどいつにも奪われるわけには。
「……って、何を考えているんだ私は」
けして、あの娘に思い入れがあるというわけではない。
いつもひとりで、里人の誰も訪れないこの淵に来ては社の掃除をしてどこかで摘んで来たらしい花を供えている酔狂なやつだと考えているだけだ。
変わり者だとは思っていたが、一度、気配を断ってそばで娘を見たときに……体中に生傷が刻まれていることに気付いた。どこかで転びでもしたのか、と思っていれば次来たときには別の傷があった。
理由は、すこし俯瞰して里のようすを覗いてみればすぐにわかった。
娘は歩くたびに小石を投げられ、突き飛ばされ、足を掛けられ転ばされていた。なぜそこまで忌み嫌われているのか、その理由は知らないがおそらく見目のことだろう。
透き通るように白い肌と黄金色の髪――それに真昼の空を映した水色の瞳。
とまで考えたときに、数年前にこの淵に流れ着いた子供のことを思い出した。
この淵は、たまにどこからともなく押し寄せられた漂流物が流れ込む。
それを【風花の里】の民は里神の恵みだといって喜ぶこともあれば、凶ッものと疎むこともあった。人間の考えることはよくわからぬ――いずれにしても、ただの
流れ着いた子供が、成長したということらしいが。蛟である天青には取るに足らない出来事である。
「……はあ」
それなのに、何故こうも気になるのだろう。
友人と呼べるような間柄でもない、ただの腐れ縁でしかない紫水に指摘されてしまうほどにかの娘を意識していることを思い知らされ、天青は嘆息した。
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