14

 膳が片付けられてしまうと、すぐに布団を敷くために藍と紺が現れた。にこにこ満面の笑みを浮かべている。


「おふとんは一組の方がいいですか? いや二組敷いておいてあとで移動した方がいいですかねえ」

「二組をくっつけて敷いちゃおうよ!」

「それ賛成さんせーいっ!」


 天青は女童がきゃっきゃしながら立ち働いているのを眺め、深いため息を吐いた。さんざん騒いだあとで「ごゆっくりー♪」とにんまり笑顔で手を振って去っていった。まるで嵐のようだ――お世話をしてもらったのは玉藻のほうなのに何故か疲れている。


「あの……」

「寝るぞ」

「あ、はい……やはり今回は私をお召し上がりいただくことは」

「しつこいぞ」


 言い終わる前に天青は遮った。

 いつのまに寝間着に着替えていたのかさっさと自分の布団に入ってしまった。


「……?」


 気づいたときには玉藻が纏っていた打掛が消えていて、いつのまにか寝間着姿になっている。ためらいながら玉藻はもう一組用意されていた布団にそっと入った。


 ふ、と灯が消え室内が暗くなる。


 なにもかもがあっというまで目まぐるしく、冷たい布団の中で目を瞑っていてもぐるぐると思考が回るばかりだった。

 いままでの話しぶりや食事のようすを見ていても、蛟である天青はあまり人間を好んで食べるというわけではないようだ。だとすれば玉藻はどうしてこの蛟様の棲み処――紅の宮にいる理由があるだろう。やはり疎ましく思っているのだろうか。


 他の花嫁イケニエだった娘たちのように早く出て行ってほしい、と――。

 気が付いたら天青の布団に手を伸ばしていた。


「――なんだ」


 ちょっとだけ、着物の裾を掴んだだけだというのに天青は玉藻がそうしたことに気付いたようだった。

 気だるげな、ほんの少しかすれた声音で問われて心臓がどきりと鳴った。


「……すみません、何か私にも出来ることはないものか、と」

「?」


 天青の困惑が、言葉はなくとも振り向かなくとも伝わって来た。


「私は、その……花嫁イケニエとしてはいまだ失格だと思うので、藍や紺のように下働きや何か仕事などいただければ、と」

「ふざけたことを」


 呆れた声だった。


 かつて感じたずきりと疼くような痛みが胸でぶり返した。

 里でも言われ続けてきたのだ――お前に何ができるのだ、と。嘲るように、うんざりしたように。何の役にも立たない厄介者だ、と。

 弱く醜いからこそ他者から施しを受けて生きてきたくせに、と頭の中で発せられたのは玉藻自身の声だった。


 いまだっておなじだ。状況なんて変わらない。誰も玉藻を必要としてなど――。


「おまえは俺の花嫁はなよめなのだろう」

「え――……?」


 くる、と寝返りを打って向きを変えた天青と目が合った。青い闇の中で、金の眸がぎらりと光るのが見える。


「ならば……花嫁としての務めを果たすが良い。下働きなどせずとも、ただ俺の妻として過ごせばいいのだ」


 ぐい、と腕を掴まれ背中に手を伸ばされる。思っていたよりもかたく、ひんやりとした胸の中に囚われた。


「あ、あの……」

「……嫌なら、いま言ったことは忘れろ。これまでどおり客人として扱ってやるから――」

「なりたいです」


 天青の気が変わる前に、強く言い切った。


「天青さまの、妻になりたいです」

「……そうか」


 静かに息を吐くと、震える背を抱いていた腕はもっと近くに玉藻を引き寄せた。天青の鼓動はひどくゆるやかだったが、玉藻の鼓動はひどく高鳴っている。


 それがじっくりと重なり始めた頃、花嫁の意識はふつりと途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る