アスファルト・シャーク

惟風

遅かれ早かれ

 会社出たらそこかしこでサメが泳いでてもう驚いたのなんの。

 アスファルトの中から大きな背ビレが覗いてて、水の中にいるみたいにスイスイ泳いでる。俺の足元は普通に固い地面なのにさ、どうなってんだよって感じ。

 サメはどこにでも出るって聞いたことあるけどマジなんだね。当時はそんなこと考えてる余裕なくて今思い返してみると、だけど。

 何匹も俺の近くを周回してて、ドンドンその輪は狭くなってくる。会社に戻ろうにもすでにシャッターが降りてて締め出されてる。どんなに開けてくれって叫んだところで無理な話だよね。俺が中にいる方の立場でも絶対開けないもん。

 それでも諦めきれなくてシャッターをガシャガシャ叩いてると、影が差した。

 見上げると、バカでかいサメが俺の頭上に飛び上がったところだった。

 実際には一瞬のことだよ、でもスローモーションで記憶に焼き付いててね。


 迫るサメ、叫ぶ俺。


 もう終わった、て思った。避ける判断力も身体能力もなくてさ。あんなの無理無理。

 ビッシリと歯の並んだ大口の前で、俺は反射的に頭抱えてしゃがみこんだ。

 ……で、すげえ大きな音が聞こえたんだ。同時にぼたぼた何か降ってきて俺の全身にかかった。すぐに静かになって、身体に何の痛みもなくて、えっ、てなって俺は顔を上げた。

 人生最大の驚きだったね。サメを見た時よりもぶったまげた。

 元カノがでっかい銃抱えてさ、俺の前に立ってんの。飛びかかってきてたサメの頭は吹き飛ばされて転がってて、俺も元カノもサメの返り血でびしょ塗れ。危機一髪から九死に一生。

 こっちに振り返った時の彼女が天使に見えたな。

 一方的に振った俺のこと、助けにきてくれたんだって。今カノとは速攻で別れてこの娘とより戻そうってなったよね。

 まあ、そうはならなかったから俺はココにいるんだけど。



 頭の半分が欠けたよく喋る幽霊は、そう言うと肩を竦めた。

 瓦礫の上で半透明に揺れている。


「結局、崩れたビルに潰されたってオチかよ」

 辺り一帯、倒壊した建築物だらけだ。煙が燻っているところもある。

「いいや」

 幽霊が何か言う度に頭の中身がチラチラ覗く。

「元カノに抱きついてるところを、後から駆けつけてきた今カノに目撃されてその場でズドン」

 こめかみを撃ち抜く仕草をして見せた。いちいち芝居がかっている。

「危機一髪は二度は免れないね」


 そうかもな。

 飽きたオレは身を翻してアスファルトに潜った。

 尾ビレがすり抜けた幽霊は、煙のように霧散した。




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アスファルト・シャーク 惟風 @ifuw

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