異世界で漏らしそうになった話【全一話】

ハクセキレイ

異世界で漏らしそうになった話【お題:危機一髪】

 目が覚めてトイレに行こうとすると、身動きが取れないことに気が付いた。

 ぼんやりとしながら体の方を見ると、樽が見える。

 どうやら顔だけ出して樽にぶち込まれているようだった。

 安っぽい剣も一本刺さっており、まるで“黒ひげ危機一髪”である。


 まさか、転生先の異世界でという大役を任されるとは!

 ……うん、文字にしたら最悪だ。

 ふざけてるように見えるが大ピンチである。

 

 何がどうなって、こうなったのか記憶が無くて分からない。

 とりあえず分かることは、お酒の飲みすぎは良くないということだけ。

 『酒は飲んでも飲まれるな』

 これからは、この言葉を心に深く刻んで生きていこう。


 とりあえず状況把握だな。

 周囲を見渡していると、緑色の顔をしたゴブリンが嬉しそうにこちらを見ていた。

 どうやらこの趣味の悪いイベントの主催者は奴らしい。

「ニンゲン、ブザマ、ブザマ」

 覚えたての言葉で俺を罵ってくる。


 語彙力ねえなあと思っていると、別のゴブリンが安っぽい剣を持ってきた。

「シネ、ニンゲン」

 ゴブリンは剣を刺すが、俺には効かない。

 チートスキルによって防御力が急上昇し、ゴブリン程度ではカスダメすら入ることは無い。


 そう俺は転生するとき、チートスキルをもらった。

 チートの名前は『危機一髪』。

 危険な状況に陥るほど、ステータスが急上昇する優れモノだ。


 でも今回の危機的状況は、黒ひげ状態でゴブリンに囲まれていることではない。

 俺はレベルがそこそこ高いので、素のステータスでもゴブリンに刺されてもちょっと痛いくらいだ。

 いくらなんでもこの程度は危機とは呼べない。


 じゃあ、何が危機なのかと言えば、俺の尊厳が危機なのだ。

 どういうことかと言うと、漏らしそうてこと。

 トイレ行きたい。


 昨晩酒を浴びるように飲んで、トイレには一度も行っていない。

 オネショしなかっただけ奇跡だ。

 ここには魔物しかいないとはいえ、こういうのは気持ちの問題だ。

 俺だったら、自己嫌悪で死ぬ。


「ナケ、ニンゲン、ナケ」

 別のゴブリンが三本目の剣を刺す。

 だがその時ステータスがまた上がったことを感じた。

 もちろんダメージなんてものはないが、刺してきた位置が絶妙で、俺の股間を刺激するのだ

 つまり漏らしそうになる。

 早く脱出せねば。

 ゴブリンに囲まれて、お漏らしなんて絶対嫌だ。


「うおおおおおお」

 俺は体中に力を込めて閉じ込められている樽を壊そうとする。

 上昇したステータスなら樽の破壊は簡単なのだが、体に力を込めると漏らしそうになる。

 全力は無理か?

 こうなれば、最小限の力で壊すしかないのだが、なかなか壊れない。


「ニンゲン、ムダ、スルナ」

 ゴブリンたちは焦ったのか、樽にドンドン剣を刺していく。

 そのたびに股間は刺激され、ステータスは急上昇する。

 へえ、ステータスって億とか行くんだなと現実逃避するも、樽はまだ壊れない。


 なんでこの樽壊れないんだよと思い、鑑定スキルで樽を見るとまさかの『耐久SSS』の文字。

 頭が絶望で押しつぶされる。

 死んだわ、これ。


 いや諦めてはいけない。

 離れそうになった意識をすぐに引き寄せ、打開策を考える。

 だが、その間にもゴブリンたちは股間を集中攻撃してくる。


 もはや時間はない。

 一か八か全力で樽を壊すことにしよう。

 漏らすかもしれないが、出ても三秒以内にズボンを下ろせばノーカンだ。

 そうしよう。


「うおおおおお」

 全力を出して樽を内側から力を込める。

 樽はピキという音を立てたかと思うと、そのまま粉々になり、辺りへ破片が飛んでいく。

 樽が壊れて呆気にとられて、破片が刺さっても気づかないゴブリンたち。

 攻撃力100億の前に耐久SSSでは力不足だったようだ。

 

「よし、漏れてないな」

 股間を見て濡れてないことを確認する。

 賭けに勝った。

 しかし時間が無いので、全力でこの場を離れる。

 この時点で速さは1兆、俺は音速を超えた速度でトイレを探す。

 衝撃波でゴブリンが吹き飛ばされていたらしく、経験値が入ったが気にしない。

 そんなことよりトイレだ。


 そして強化された視力がよってトイレを捉えた。

 俺はトイレを壊さないように徐々にスピードを落とす。

 そして衝撃波が出ない程度の速度でトイレに駆け込み、個室に入り用を足す。


 危機は脱した。

 ステータスも見る見るうちに下がっていき、レベル相応のステータスになる。

 とりあえず一安心だ。

 まさに危機一髪。


 と思っていると個室の外から声が聞こえる。


「さっき変な風吹いたわね。何かしら」

「さあ、誰かの風魔法が暴走したのかもね」

 どうやら女性の声だ。

 この世界のトイレは男女別なので、それはつまり―


「女子トイレに風のような速さで入ってきたのかもよ」

「どんだけ我慢できないんだって話よ」


 俺のステータスが徐々に上がっていくのを感じる。

 俺の危機的状況はまだ終わっていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界で漏らしそうになった話【全一話】 ハクセキレイ @hakusekirei13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説