現在:富士の麓の樹海にて

 おおとり家の屋敷やしきは富士の樹海じゅかい最奥さいおうにある。堅牢けんろう結界けっかいに包まれた屋敷は、招かれたものしか入れない『マヨイガ』に近い。

「ただいま」

「おかえりー」

大仁が玄関げんかんを開けると、中庭から返事が返ってきた。

「ごめん、にーちゃん。ちょっと手貸してくんない?」

声に従って、大仁は中庭に向かった。

 中庭にある池の底には、竹のくいき詰められている。

「ごめんごめん。したトコまでは良かったんだけど、今度は抜けなくなっちゃってさー」

池に横たわる奏助そうすけの体を、竹の杭が貫いていた。

 大仁が奏助を池から引き上げる。奏助の真っ白な長い髪が血で赤く染まる。

「どのくらいここにいた?」

「んー、わかんない。二、三日くらいかな?」

あっけらかんと笑う奏助の見た目は小学生ほどに見える。大仁と奏助は七歳しか違わないにも関わらず、だ。それはつまり、奏助がここ数日でかなり若返わかがえってしまった事を意味している。

「あ、にーちゃんもしかして今日お土産ある⁉︎当てていい?ネコでしょネコ!おれがネコ欲しいって言ってたの覚えててくれたんだ!」

「……ああ、そうだよ」

無邪気むじゃきにはしゃぐ奏助のむねに、大仁はナタを振り下ろした。

 振り下ろす、振りかぶる、振り下ろす、振りかぶる、その繰り返し。奏助の白い髪に、白い着流しに、大仁の白髪混じりの栗色くりいろの髪に、上等なスーツに、血飛沫ちしぶきと肉片が飛び散る。奏助の腕が折れ、皮膚ひふがめくれ、骨がけずれ、それでも大仁はナタを振る手を止めない。

「痛いよな、苦しいよな、ごめんな」

毎日毎日、このように大仁は奏助を切り刻む。そうしなければ奏助の肉体は遺伝子いでんしレベルで再生を続け、いずれは内側で暴走メルトダウンし続ける霊力れいりょくに肉体が溶けていってしまう。肉体というかせから解き放たれた強大な霊力を制御するすべを、人類は未だ持ち合わせていない。

「ごめん……。ごめん、奏助……」

大仁が肉塊にくかいになった奏助を抱きしめる。血と肉と内臓ないぞうの匂いが周囲に立ち込める。

「いつか……。いつか必ず、にいちゃんがお前を殺してやるからな……」

奏助おとうとを置いてく訳にはいかない。絶望と後悔にさいなまれながら、それでも大仁は探し続ける。不死身のカミに、安らかな眠りを与える方法を。

「ごめんね、にーちゃん」

奏助が大仁の背中に手を伸ばす。ズタズタに切り裂かれた彼の体は、すでに半分ほど再生しかかっていた。

「大丈夫、大丈夫……」

そうして、大仁はまた自らをいましめる言葉を口にする。

「……にいちゃんは、お前のためならなんだってできるんだ」

なみだれたくらい目で、大仁は奏助の頭をでた。

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いつかかならずころしてやるからな。 鴻 黑挐(おおとり くろな) @O-torikurona

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