回想:23歳、平穏の瓦解

 東京の大学に進学したのを契機けいきに、大仁ひろとは家を離れて下宿生活を始めた。

[にーちゃん、次はいつ帰ってくるの?]

「来週末かな。お土産に奏助そうすけが欲しがってたカメラを持っていくよ」

[え!いいの⁉︎やったー!]

「フフフ、楽しみに待っててな」

勉学とバイトにいそしみながらも、大仁は毎週末欠かさず帰省していた。日ごとに成長していく弟の姿は、大仁の心の支えだった。

 全てが変わってしまったのは、大仁が二十三歳のときだった。

「おれ、今度の夏休み旅行に行く」

夕食の席で奏助が楽しそうに話していた。

「そうか。どこに行くんだ?」

「東京!カノジョに会いに行くんだ」

「カノジョって言っても、SNSでのやり取りしかしていないんだろう?会いに行って大丈夫なのか?」

「にーちゃん。おれ、もう高校生なんだよ?なんかあっても自分でなんとか出来るってば」

「そうか……。ま、気をつけて行ってくるんだぞ」

「はいはい」

その時は「思春期男子の背伸びだ」と笑って流していた。

(……あの時、殴ってでも引き留めていれば良かった)

大仁は今でも、奏助を見送った事を後悔こうかいしている。

 八月の暮れ、大仁は旅行から帰ってくる奏助を駅まで迎えに行った。

「あ、にーちゃん!」

奏助がかけ寄ってきた、まさにその瞬間だった。

 銃弾じゅうだんの雨が二人を襲った。

「にーちゃん、あついよう、あついよう」

「奏助!しっかりしろ、奏助!」

うまく動かない体で、大仁は奏助を抱き寄せた。

 そこに、追い討ちをかけるかのように銃弾が打ち込まれた。

 銃弾は、体内で人間の持つ霊力れいりょく増幅ぞうふくさせる特殊とくしゅな弾だった。本来ならば、肉体が増幅された霊力に耐えられず消滅しょうめつする、はずだった。

 だが、大仁と奏助はその霊力に適応てきおうした。否、適応してしまったのだ。

 大仁はケガレを引き寄せる体質が増幅され、他人のケガや病気を引き受ける事が出来るようになった。

 そして奏助は、無尽蔵むじんぞうの生命力を手に入れた。髪は切ったそばから伸びていき、細胞の遺伝子テロメアすら修復して若返り続けていく。

「俺が……俺が守ってやらなきゃならなかったのに……」

大仁は横たわる奏助の手を握って泣いた。異様いようなスピードで新陳代謝しんちんたいしゃが進む奏助の体は、火傷するほどの体温を持っていた。

 その日から、大仁の探究は始まった。

「奏助君の事は私に任せて。大仁さんのやりたいようにしてね」

婚約者こんやくしゃだった真里靖まりやの力強い言葉が、大仁の背中を押した。

 新卒1年目の仕事を休職きゅうしょくし、日本各地のありとあらゆる伝承でんしょうを調べ尽くした。その後は世界中のありとあらゆる場所をくまなく調べ尽くした。

 最初は、奏助を治す方法を探していた。民俗みんぞく宗教、口伝くでん御伽話おとぎばなし、果てはインターネットの与太話よたばなしまで。どんな手を尽くしても、奏助を治す事は出来なかった。

 気づけば十年の歳月が過ぎていた。

「夢物語ばっかり追いかけてるのは一向に構わないけどさぁ。アンタが遊び歩いてる間、家を守ってアンタの旅費とアンタの弟の治療費かせいでんの、誰だと思ってんの?」

叔父おじの葬式で駿靖しゅんやにそう吐き捨てられて、大仁の旅は終わりを告げた。

 十年の歳月と出世街道をドブに捨てて、分かったのは

「傷を付けると、治るまでの間は若返りが止まる」

「原型がなくなるまで傷を付けると、若返りがリセットした状態で再生する」

という事だけだった。

(治せないなら、殺すしかない)

辿り着いたのは、残酷ざんこくな結論だった。

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