第12話 根に持ちすぎですアルトゥルさん

 目が覚めると陽の光はすっかり影を潜めていた。

 アルトゥルに支度をさせようと声を掛けると、入ってきたのは冷徹能面男ではなくふわふわピンクの可愛い美女である。



「おはようございます、姫様」


「おはよう、シュザンヌ」


「支度を手伝わせて頂きますね」


「ありがとう。アルトゥルは?」


「部屋の外でお待ちです」



 シュザンヌは、レディの支度を殿方が手伝うなんて有り得ませんわと苦笑した。

 抱えられて、寝癖のついた髪を優しく櫛で梳かしてもらう。

 エンデルス家で使っている香油はユリのいい香りがして、気持ちがとても落ち着いた。

 起きたばかりなのにまた眠ってしまいそうな位の安息を感じていると、シュザンヌは手を止めて髪をひと房救い取った。



「姫様の髪の毛は本当に綺麗ですね。本当に宝石みたい」


「そう?でも私はピンク色の方が好きよ」



 エスメラルダ一族の者なら誰もが尊ぶ銀色の髪は、美形のお兄様や妖精のように可愛いイグルスだからこそ似合うのだ。

 私は残念ながら愛想の無さそうな冷たそうな顔立ちをしている。

 だからこそ氷のような銀色は、より冷酷そうな顔に見えてあまり嬉しくないのである。

 それに対してジークやシュザンヌのピンク色は温かい色合いで本当に素敵だと思うのだ。



「シュザンヌと同じ優しい色ね」



 そう言うとシュザンヌは微笑んで、お優しい方と言った。



「アルトゥル様をお呼びしますね」



 長い髪をアルトゥルの持ってきた紫色のリボンで結ってもらい、寝台の上に首を置いてもらう。

 お礼を言うとシュザンヌはお辞儀をして扉を開けた。

 そうすると一番に入ってきたのはアルトゥルではなく、走ってきたようなアリスとトマスだった。



「姫様!おはようございます」


「おはようアリス。それにトマスもおはよう」



 自分と身長がそれほど変わらないテディベアを持ったアリスと、アリスと中が良さそうに手を繋いだトマスが礼儀正しくお辞儀する。

 そんな二人を追いかけてきたノエルが焦ったように部屋に入ってきた。



「こら二人とも……!おはようございます、姫様。弟妹達が大変失礼を……」


「おはようノエル。いいのよ」


「すみません。二人とも姫様に会いたいって聞かなくて」


「こんなに賑やかなのは初めてでとても楽しいわ」



 弟妹達に振り回されるその様子がいかにもな苦労人で、可哀想だと思いながらも少し笑ってしまう。

 ようやく部屋に入ってきたアルトゥルはメイドを引き連れてやってきた。

 テーブルの上に鮮血のスープと兎の丸焼き、デザートにパンナコッタが出され、カトラリーが並べられる。


 アルトゥルは私をシュザンヌに持たせると、一口とって毒味をした後に食べさせていく。

 まるで親鳥が雛に食べさせるようなそれをロッテンマイヤー弟妹達は興味津々に見ると、アリスは自分もやりたいと言ってアルトゥルに強請った。



「はい、姫様。あーん」



 きらきらと目を輝かせる幼女に食べさせてもらう。

 激しい勢いにスプーンが喉の奥に刺さったが、可愛い女の子の善意を否定してはいけないと思い笑顔でお礼を言った。



「ほら、アリス!もうお終いです」


「やーだー!」



 その様子に見兼ねたのか、もう1回!と更に強請るアリスを右手に、ついでとばかりにトマスを左手に抱えてノエルは謝りながら部屋を出ていく。

 その様子はまるで父親のようで微笑ましかった。



「そういえば、お兄様はそろそろいらっしゃるの?」



 食事を終え、食器を下げようとしたアルトゥルに私は気になっていた事を聞いた。

 事後処理を終えてからエンデルス伯爵と共にこの屋敷に来ると聞いていたが、それはいつ頃になるのだろうか。

 シュザンヌもエンデルス伯爵に会いたいだろうし私もお兄様に話したい事もある。

 そう思い、分身がお兄様と共にいるであろうアルトゥルに聞けば、彼はいつもの無表情に加えて少し面倒そうに答えた。



「寄り道をされているので明日以降になりますね」


「そう…。それはまさか、寄り道先はロッテンマイヤーで滅ぼそうとしてる、なんて事はないわよね」


「何故いつも鈍いのにこういう時だけ貴女は勘が鋭いのでしょうね」


「まさか本当に?アルトゥル、お兄様に止めてって言って頂戴!」


「我が君のご意志に背けと?」



 良かった…!今聞いて本当に良かった…!

 危うく後からお兄様に、ロッテンマイヤー滅ぼしちゃったよと茶目っ気たっぷりに笑えない話を聞かされるところだった!

 私を抱えてくれているシュザンヌも、お兄様の余りの暴走っぷりに驚いたように息を呑んでいた。

 最古の吸血鬼達は血の気が多すぎるのだ。

 話は終わりだとばかりにアルトゥルは踵を返して扉に向かう。



「絶対にやりすぎよ」


「お嬢様が口を挟める事ではありません。お黙りなさい」


「アルトゥルの馬鹿!意地悪!」


「私は冷血漢ですので」


「根に持ちすぎよ!」


「どうとでも仰るとよろしい」


「罪の無いロッテンマイヤーの者もいるわ」


「お嬢様は少し、勘違いをしておられますね」



 この根に持ちすぎすぎる冷血漢な執事の歩みを止めるため、私はとにかく引き止めるように言葉を紡いだ。

 しかしアルトゥルは足を止めること無く扉の外に出てしまった。

 待ってと声を掛けようと思ったが、明らかに雰囲気の変わったアルトゥルの様子に私は一瞬声が出なくなる。



「当主様の決定は、絶対です」



 少しだけ振り向いた彼と目が合った。

 決して睨んでいる訳では無い。

 それなのに、無い背筋がぞっとする程恐ろしいのは冷えきっている赤い瞳のせいかもしれない。



「っ、ロッテンマイヤーを滅ぼしたら、リーゼロッテはお兄様を嫌いになりますと伝えて!」



 姿が見えなくなったアルトゥルに聞こえるように私は叫んだ。

 反応が見えず無視されたかもしれないが、今お兄様への伝達手段はアルトゥルしか無い。更にそのアルトゥルもこれ以上議論の余地は無いと言うのなら、私はもうこれ以上何も出来なかった。

 祈るような気持ちでいると、不意に微かな震えを感じた。

 シュザンヌが震えていたのだ。



「追いかけられずに、も、申し訳ありません……。腰が抜けてしまって……」


「女の子を怖がらせるなんて最っ低よね」


「お嬢様に向けられる顔しか見たことが無かったので知りませんでしたが、あれ程恐ろしい方とは……」


「私に向ける顔も9割方恐ろしいわよ」



 二人で顔を突き合わせて恐怖を分かちあっていると、パタパタと廊下を掛ける音が近づいてくる。

 今度は何事だと思っていると、扉が音を立てて勢い良く開いた。

 入ってきたのは慌てた様子のアリスだった。

 姉様!と駆け寄ってきた少女は青い顔をして、シュザンヌに駆け寄った。

 姉の顔になったシュザンヌは、アリスを引き寄せて何があったの?と聞く。



「トマスとノエルがね、喧嘩してるの。殴ってるの!」



 ノエルは真面目で、年下の弟妹達に振り回されているけれど責任感の強い子だという印象があった。

 トマスと殴り合いの喧嘩をするような性格には見えなかったのだ。

 少し驚いたけれど意外とそんな一面もあるのだな、と付き合いの短い私は納得した。

 けれど親代わりのシュザンヌは明らかに驚いた様子で、まさかノエルが?とアリスに聞き返した。



「トマスはともかく、ノエルが?きちんと教えてちょうだい。2人はどうして喧嘩を?」


「ジークフリートが来て、トマスとノエルが怒ってるの。ジークフリートと喧嘩してるの!」


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1度目で国を滅ぼしてしまった吸血鬼令嬢は2度目を穏やかに過ごしたい 雨成めろ @123mero456ama

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