第11話 呪われた尊い色




 その後、私はゲストルームに案内された。

 いつも通りアルトゥルに髪を洗ってもらい、その後は香油で髪を整え櫛を入れてもらう。


 その間、私はジークの事を考えていた。


 我々貴族は15歳のデビュタントを迎えるまでは王宮舞踏会に参加する事は出来ない。

 それに対し夜会は一族毎に行われる非公式な舞踏会でこれには子供も参加する事が出来た。

 私も1度目はエスメラルダ一族の伯爵や侯爵の主催する夜会に招待され、ジークとお兄様と何度か参加した記憶がある。


 今回の問題は、エスメラルダ一族の者がロッテンマイヤー一族の夜会に参加していた事だ。

 そもそも、ロッテンマイヤーとエスメラルダは犬猿の仲である。

 それなのにロッテンマイヤーの夜会にエスメラルダが参加出来たこと自体が異常事態だった。


 ふと、サミュエルの言葉が脳裏をよぎる。

 “金色以外はゴミ”だと、彼は言った。


 ジークフリートは美しい金色の瞳を持つ少年だ。


  あの激しい金色史上主義を持つロッテンマイヤーなら、エスメラルダということがあったとしてもひょっとしたら受け入れられた…可能性も無くはない、かしら。


 そういう事実があったと聞いていても、やはりにわかには信じられない。

 ロッテンマイヤーとエスメラルダが親しくするなんて事は、現状ではありえないのだから。



「ねぇ、アルトゥル」


「はい」


「アルトゥルは……ロッテンマイヤーは……その……」



 何と聞けば良いか分からなくて、言葉を探す。

 ロッテンマイヤーはジークを受け入れたの?

 伯爵夫人はエスメラルダに嫁いで来たのにどうして未だにロッテンマイヤーに関わっているの?

 ジークは…何を考えているんだろう。


 頭の中がぐちゃぐちゃになって続きの言葉を紡げずにいると、アルトゥルと鏡越しに目が合った。



「ロッテンマイヤーで最も尊い色はご存知ですね」


「金色ね」


「なら次に尊ばれる色はご存知ですか?」


「次?聞いた事がないわ」


「赤です。血の赤を彼らは好みます」



 ロッテンマイヤーと言えば金色という方程式が成り立っていて、私はそもそも2番目の色があるということすら考えた事がなかった。

 そう言えば狩場の絨毯は目が覚めるような赤だったなと思い出す。

 あれは血を隠すための赤だと思っていたけれど、ロッテンマイヤーにとっての赤はそういう色ではなかったのだ。



「ジークフリート・エンデルスの髪の色はロッテンマイヤーでは好まれると思いますよ。それこそ出自を無視できるくらいに」



 金色の瞳に金色の髪のサミュエルが神格視されていた事を考えれば、ジークフリートの扱いはとても良いものなのだろうと想像が出来た。

 アルトゥルの話を聞いて、ますますロッテンマイヤーの中にいるジークを思い浮かべてしまい、胸が苦しくなる。


 私はきっと信じられなかっただけではなくて、信じたくなかったのだ。


 今日私とシュザンヌをただの餌として殺しかけたロッテンマイヤー。1度目に私を殺したサミュエル。

 一番傍にいたジークとロッテンマイヤーの、どんな些細な繋がりも見たくなかった。



「お嬢様も身に染みてお分かりでしょう。ロッテンマイヤー一族の呪われた思想は骨の髄まで染み付いて子孫に受け継がれていく」



 呪われた思想。

 それは金色至上主義の事だ。

 “金色の赤子が生まれなければ殺す”。“金色でなければどんな暴力を行使しても構わない“。

 サミュエルのあの狂ったような正義は間違いなくそこから生まれていた。


 本当に呪いのようだ。

 親から子へ受け継がれていく狂った思想。


 息を呑んだ私に、アルトゥルはジークフリート・エンデルスも例外では有りませんと冷たく言い切った。



「でもジークはそんな子じゃなかったわ」



 優しくて可愛くて勇敢で、陽だまりみたいなジークを思い出す。

 いつも助けてくれて励ましてくれる彼とサミュエルはどう考えても似ても似つかない。

 条件反射的に出た擁護に、アルトゥルはため息をついた。



「いい加減1度目に囚われるのはお辞めになっては?同じ外見でも違う道を通ればそれは別物だと、何故お気付きにならない」



 放たれた冷たい言葉はまさしく正論だ。

 わかっているつもりだった。

 私はジークとイグルスの1度目とは違う道を歩ませている。

 今知っている彼らが正確には1度目の彼らではない事はわかっている。

 けれどどうしてもかつての姿がよぎる。


 虐げられて引き取られた私に初めて愛をくれたジークと、味方のいない王宮で真摯に接してくれたイグルス。

 彼らはやはり、どうしても特別なのだ。


 アルトゥルから逃げるように私は別の言葉を探した。



「そうね。確かに、今の貴方は違うわね。割と優しいし」



 捻り出した逃げる為の言葉だが、一応真実である。

 もう既にこれ以上痛めつける所がないから見逃されているのかもしれないけれど痛めつけられないし、アドバイスもしてくれる。

 そう言うとアルトゥルは櫛を入れる手をピタッと止め停止した。



「何よ」


「いえ」


「そういうの気になるの。言って」


「正気ですか?」


「意味が分からないのだけれど」


「…私は優しいですか?」


「ええ、前よりはずっとね。……あっ、今の無し!無しよ!ごめんなさい」



 比べるなと言われたばかりなのに思わず出てしまった言葉に焦って鏡越しに謝罪をすると、驚くべきものが目に入った。

 口角を上げ、柔らかい表情でアルトゥルは笑ったのだ。

 それは哀れんだり嘲る時のとは全く違う微笑みだった。



「笑ったわ!」


「笑っていません。」


「見たもの!」



 本当に珍しいものを見た。

 1度目の能面姿と比べると2度目のアルトゥルは表情豊かな方だとは感じていた。

 けれどこれほど“普通”の表情を私は初めて見たのだ。

 少し嬉しくなって追求すれば、アルトゥルはあっという間に表情を落とし無表情になった。



「とにかく、伯爵夫人とジークフリート・エンデルスには必要以上に近づかれない方が良いかと。」


「そういう訳にはいかないわ」


「話、聞いてました?」


「聞いてたわ。痛い痛い痛い!」



 前言撤回。

 この執事、やはり優しくなかったようだ。

 くるみを割るように触れていた頭に思いっきり力を入れられ、私の頭蓋骨は悲鳴を上げた。



「それでは、お休み下さいませ」



 頭しかない私は普段の何倍も速く夜の支度を終え、シュザンヌが用意してくれた柔らかい寝台に横になると疲れのせいか一気に眠気が襲ってきた。


 アルトゥルがスナッファーで蝋燭の火を消すと部屋は暗転し、灯りのある扉の外に見えるアルトゥルの姿は影のように見える。

 頭を下げ出ていこうとする彼を、夢うつつな私は引き止めたようだった。



「ねぇ。イグルスがどうしてるか知ってる?」


「はい」


「怪我は大丈夫…?」


「問題有りません」


「イグルスに早く会いたいな……」



 意識が消える少し前、思い浮かべたのは今はまだ可愛くて泣き虫な私の騎士の姿だった。

 優しいあの子はきっと心配しているから、早く会って安心させてあげないと───。



「お嬢様の2つ目の玩具友人は壊れてしまいましたよ」



 扉の向こうのアルトゥルの独り言に私は気が付かず、幸せな夢の世界に落ちていったのだった。



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