第10話 天使の疑惑
「姉様!」
馬車を降りると、そこにはピンクの集団と複製されたアルトゥルがいた。
3人の年齢がばらばらに見える少年少女達で、私より年下に見える子供もいる。
シュザンヌ様を姉様と呼んだ、恐らくエンデルス家の子供達は馬車を降りたシュザンヌ様に飛びかかった。
「姉様が死んじゃったらっ、どうしようって…!」
一番年下に見える女の子が泣きながらシュザンヌ様に抱きついた。
大丈夫よ、と頭を撫でるシュザンヌ様は母親のような優しい顔をしている。
慕われているシュザンヌ様と子供達。ピンク色の家族の再会は本当に温かくて、改めてシュザンヌ様が無事で良かったと思った。
そんな気持ちでエンデルス姉弟を見ていると、一人の少年と目が合った。
私よりも年下に見える、活発そうな子だった。
少年は大きな灰色の瞳を見開いて、指を指して震え始めた。
「お、お、お化けっ!」
その声を皮切りに、子供たちの視線は私に向く。
加えて女の子がきゃーっと叫ぶ。
そうだよね…。首だけの子供が、ガタイの良い無表情な執事に持たれていたら怖いよね…。
心の中で申し訳ないと謝っていると、大騒ぎの2人の子供たちを止めたのは、もう1人の少年だった。
「こら!2人とも失礼だぞ!この方はエスメラルダの姫君だ」
「嘘だね。姫様はとっても可愛いって父様が言ってた。首だけな訳ない!」
「でも、きらきらしててとっても綺麗な髪の毛…。首だけだけど」
私より少し年上に見える少年は慌てたように子供たちに注意をしたが、その反応はまちまちだ。
そんな賑やかなエンデルス姉弟のやり取りに終止符を打ったのは、シュザンヌ様だった。
子供たちの輪から抜けて、私を抱くアルトゥルの前に片膝を着いて頭を垂れる。
「姫様。姫様に傷をつけてしまった罪を、死を持って償わせていただきます」
「え?!」
「私一人の命では足りませんね。みな、こちらに来て膝を着きなさい。エンデルス伯爵家の吸血鬼として、姫様に命を捧げるのです」
「お待ち下さい、シュザンヌ様!」
シュザンヌ様の呼び掛けに、エンデルス姉弟達も膝をつく。
突然の自体に小さな女の子は今にも泣きそうになっていた。
私はシュザンヌ様は命を貰う気はさらさらない。というか何故そんな事になっているのか分からない。
大きな声でストップを掛けると、エンデルス姉弟は皆顔を上げた。
「私は生きてますし、この首はお兄様の特性を使えば直せます。」
お兄様は10年位かかったと言っていたが、前例がある。
それにアルトゥルによる暴力耐性があり、エスメラルダの宝石として吸血鬼の力が強い私が首になる分にはどうにかなるが、シュザンヌ様なら死んでいた可能性が高かった。
「シュザンヌ様に生きていて貰うためにこうなったのに、命を貰ったら意味ないでしょう?」
そう言えばシュザンヌ様は驚いたように目を見開いて、大きな赤い瞳から大粒の涙を流した。
「…っ、生きて、ご恩をお返しします…!」
恩を売ったつもりはないけれど、シュザンヌ様が死なないでくれるならそれでいい。
そう思って私は微笑んだ。
その後エンデルス姉弟に案内され、私とアルトゥルは応接間へと足を運んだ。
「改めまして…エンデルス家の5番目の娘、シュザンヌと申します。シュザンヌとお呼びください、姫様。」
「12番目の子供のノエルです。」
「14番目のトマス…です。」
「15番目のカトリーヌです。」
驚くことにシュザンヌは156歳で、下の弟妹達とはかなり歳が離れているらしい。
弟妹達の世話はいつもシュザンヌが見ているらしく、年上の姉の無事を喜び甘える子供たちは可愛かった。
首姿に大分抵抗が無くなった子供たちは天使のようで、カトリーヌはアルトゥルから私を引き受けて首を抱っこしながらクッキーを食べさせてくれている。
今の私よりは歳上のノエルは、兄らしく何度も体調は悪くないかと気遣ってくれた。
トマスは私の首が無くなった経緯が気になるようで、何度も聞いてはノエルに叱られている。
そんな様子を給仕のメイドはくすくすと笑っていて、本当に温かい家族だな、と感じられた。
エンデルス姉弟は皆本当に良い子達だなぁ。
数時間前までとは打って変わって穏やかなそう思っているとジークがいない事にようやく気がついた。
「ジークは今は居ないの?」
何か用事があって留守にしているのかなと思い何の気なしに聞けば、あれ程賑やかだった場が一気に静かになる。
姉弟達は口をつぐみ、視線を落とす。
何か変なことを言ってしまったのかと原因を考えるが全く分からない。
さっきの自己紹介で欠番だった13番目の子、ノエルとトマスの間に生まれたのが年齢的にもジークに間違いない。
エスメラルダ一族のエンデルス伯爵家は一つだけ。
ジークフリート・エンデルスは此処の家の子のはずだ。
最初に口を開いたのはトマスだった。
「あいつならどうせまた伯爵夫人と夜会に…!」
「トマス!」
強い口調でノエルはトマスを叱る。
トマスは機嫌が悪そうに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「夜会?……今?」
少し妙に感じた。
シュザンヌが誘拐されたと分かっているのに、この仲のいい家族が夜会に行くだろうか。
それに、エスメラルダ一族はあまり派手な夜会を好まない。
年中夜会をしているのなんて、それこそ───。
「ロッテンマイヤーですか」
今まで黙っていたアルトゥルのその言葉に、諦めたようにノエルは頷いた。
「ジークフリートは確かに僕の弟です。ですが普段は伯爵夫人と東棟で過ごされています」
「え……?」
ノエルの言うことには、どうやらこの屋敷は2つに別れているらしい。
東棟にはジークと伯爵夫人が西棟には子供達が住む。
伯爵は日替わりで棟を行き来し、伯爵夫人は子供達に会いに来ることが無いそうだ。
「アリスは金色じゃないから母様がいなくても仕方ないの。でも父様もいるし姉様もいるから、辛くないよ」
また金色なのかと私は心の中で頭を抱えた。
アリスは辛くないと言うけれどその笑顔は無理矢理作られたもので、見ていると胸が痛くなる。
「姫様。ジークフリートはこのような環境にありますが、エスメラルダ一族に反旗を翻しているのではありません。このシュザンヌが命を懸けて誓います」
「さぁな」
「トマス!」
「だ、だってアイツ、感じ悪いし何考えてるか分からないし暗いし!それなのに俺達を見下してるんだろ!」
「姫様、この馬鹿の言う事は水に流してもらえませんか…?」
シュザンヌはトマスの頭に拳骨を落とした。
トマスは納得してないようで今も悪態をついている。
「わかっているわ。ジークがエスメラルダを裏切ることなんて……無いもの」
絶対に有り得ない。
1度目は一番傍で支えてくれたジークだ。彼のことは私が一番わかっている…はずだ。
“ジークフリートがロッテンマイヤーの出自を持つ伯爵夫人と共にロッテンマイヤーの夜会に行っている”。
その事実は、私に酷く重くのしかかった。
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