大事な面接④

たまたま、偶然にも他の個室の扉が開き、そこに小生は滑り込むように入った。

そこから腹の痛みとなるものを解放する。

間に合った。小生は間に合ったのだ。

リクルートスーツを茶色に染めることなく、この戦いに勝ち抜いたのだ。自分を褒めてあげたい。心の底から自分自信を褒めてあげたいと思った。

だが、冷静になると、もう一つの問題が浮かんできた。

時間は九時十五分を過ぎている。この時間に新宿駅に着いていない時点で、面接に間に合わないのは確定した。

小生は急いでメールを開き、面接の案内を見た。やんごとなき理由で遅れてしまうと、そう伝えたかったのだ。

メールに記載されている電話番号はどうやら、その会社の本社、人事担当の部署のようだった。

トイレの中で、小生は電話をかけた。

「プルルルル。プルルルル」

長い。

永遠に繰り返されるベルの音。

全くつながらない。

コン、コン、とドアをノックされた。いかんいかん。先ほどの小生のように、今にも現界を迎えようとしている戦士が内股で脂汗を垂らしているかもしれない。早く同胞の為にこの楽園を明け渡さなければ。


結局、何回かけても電話は繋がらなかった。もう、いよいよ諦めなければならないと思ったとき、携帯電話が振動した。

登録のない番号だ。

「もしもし」

「私、株式会社○○の採用担当をしている小村と申します。○○様(小生の名)の携帯電話でよろしいでしょうか」

「はい。そうです」

「面接時間を過ぎましたので、何かあったのかと思って念のためご連絡させて頂きました」

なんて良い人なのだろう。小生は自分の身に降りかかった不幸をこの親切な方に話した。もちろん、腹痛の部分は省いて。

「遅延ですか。それは災難でしたね。他の片の採用面接が終わるのがお昼前になります。もし十二時からであれば、面接させて頂きます」

「い、良いんですか?」

「もちろんです。焦らずに、ゆっくりいらしてください」

小生は、小生は信じられなかった。採用面接でこんなに優しくして頂けるとは。涙が出そうになるのを堪えた。

「あ、有難う御座います!」

「はい。お会いできるのを楽しみにしています」


こうして、小生は大事な面接を迎えることが出来た。あの日、小生を温かく迎え入れてくれた面接官の方達にはいくらお礼を言っても言い足りない。

結果としてご縁はなかったが、それでも、あれだけ親切にしてくれたことを小生は忘れない。

その会社が作る様々な作品を小生は楽しみにしている。小生も、別の形で、何か作品を作りたいと思っている。

最後に、これは実話である。

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通勤電車にて 文尾 学 @zeruda585858

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