ホラーゲームのチュートリアルで死ぬヒロインに転生しちゃったけど前世のゲーム知識使って全力回避しようと思います。

夕藤さわな

第1話

「ここがばあちゃんの家。ばあちゃんが死んだあと、伯母さんはこの家に一人で暮らしててさ。じいちゃんたちの墓参りのついでに様子見に来たら孤独死してたの。夏場だったからひっどい有様でさぁ」


「へえ、そうなんだー」


 なんて言いながら田舎らしく広くて立派だけど古臭い平屋に入ろうと玄関の引き戸に伸ばした手を――。


「……!」


「由紀?」


 危機一髪。

 すんでのところで私は止めた。


「どうしたの、由紀?」


 なんて心配そうに尋ねる彼氏な達樹の声は私の推しな声優のめっちゃいい声。ていうかこの玄関。まんまスチル絵通りなんだけど。ホラー嫌いの私が推しの声目当てにギャン泣きでプレイしたあのゲーム――。


「〝囚われの家〟……」


 つぶやいた瞬間、記憶はより一層鮮明に、自分事としてよみがえる。前世の記憶と、前世にプレイしたこのゲームの記憶が――よみがえる。


 前世の私は推しに貢ぐことが生き甲斐の独身三十路女だった。推しのライブでテンション上がりすぎて二階席最前列から転落。多分、そのまま死んでしまって今に至る。

 前世の後悔といえば推しのライブを自分の血と脂身で汚してしまったこと。その罪を贖うためにホラー嫌いな私がギャン泣きでプレイしたホラーゲーム〝囚われの家〟の世界に転生してしまったというのならば、その罰、甘んじて受け入れましょーの気持ちなのだけれども――。


「罰だという確証もないのでホラー展開全力回避の方向で!」


「由紀?」


 ガシッと拳を握りしめた私に同じ大学に通う付き合って一か月の彼氏・達樹は目を丸くしてるけど無視、無視!

 前世を思い出した今となってはコイツのいいところなんて推しの声を発することくらい。推しの声は尊いけど、だからと言って推しの声を発するだけのコイツと心中するつもりはないし、二作目で達樹の声優は変更になるのだ。推しの声ではなくなるのだ。

 なおのことコイツと心中する理由はないなと深くうなずいて私はあごに指をあてた。


 〝囚われの家〟はこの広くて立派だけど古臭い平屋に閉じ込められるところからスタートするゲームだ。メインのジャンルはホラーだけど他にも様々な要素がある。


 次々に襲ってくる怨霊を撃退し、次々に起こる怪奇現象に対抗するアクションゲームの要素。

 ヒロインで幼馴染の七奈とスマホでやり取りしながら怪奇現象の原因を探り、脱出を図る謎解きゲームの要素。

 この、ヒロイン・七奈との関係性や好感度によって提示される情報の量や質が変わってくることから恋愛ゲームの要素まである。


 ヒロインが幼馴染の七奈ってことは今現在、達樹と付き合っていて、今まさにいっしょに家に入ろうとしている彼女な私・由紀はなんなのかと言えば初っ端の怪奇現象で殺される役なのである。

 しかも、ゲームクリア後、エンドロールが流れる直前の会話がこれ。


 達樹:泣いてるのか、七奈?

 七奈:当たり前でしょ! どれだけ心配したと思ってるのさ!

 達樹:……。

 達樹:俺さ、ずっと七奈に言えなくて……でも、無事に生きて帰れたら言おうって思ってたことがあるんだ。

 七奈:……?

 達樹:俺、俺さ……ずっと、七奈のことが……!


 んでもって、エンドロールの最後には達樹と七奈がキスしているスチルが表示されるのである。初っ端に殺される由紀なんて完全に忘れ去られている。負けヒロインって言うか死にヒロイン。チュートリアルでサクッと殺されるヒロインと名乗るのもおこがましい存在。

 それが私が転生してしまった由紀というキャラクターなのである。


 だがしかーーーし!

 前世の記憶を取り戻した私にはギャン泣きしながらもこのゲーム――〝囚われの家〟をクリアした記憶がある。

 死にヒロイン、全力回避である。


 ちなみに――。


「達樹、ちょっとスマホ貸して」


「ん? うん、いいよ」


「んで、玄関開けて一歩入ってよー。写真撮るからさ!」


「お、了解ー! 撮ったら母さんに送ろ……」


 ガラッ。

 ピシャーーーン!


 引き戸を開けて玄関に入った達樹が振り返ってポーズを取ろうとするよりも早く、すごい勢いで引き戸が勝手に閉まった。


「よし、ゲームは始まった!」


 ちなみに――自分と推し以外、誰が助かろうが死のうが知ったこっちゃない。推しの声を発するだけの、しかし、いずれは声優交替で推しの声を発することすらなくなる彼氏なんぞ、なおのことどうでもいいのである。


 ゲームが開始される条件は達樹が玄関に入ること。由紀はと言えばチュートリアルで初っ端から殺されるキャラなだけあって真っ先に玄関に入ってしまう。続いて達樹が入って引き戸がピシャーーーン! と閉まるのがゲームの展開。

 ゲームとは違う行動ができるみたいで一安心だ。


「……いや」


「どうしよう、開かないぞ! なんだよ、これ! どうしよう、開かないぞ! なんだよ、これ! どうしよう、開かないぞ! なんだよ、これ!」


 ガタガタと引き戸を揺らして同じセリフを繰り返す達樹の影がすりガラス越しに見える。あとカバンの中でスマホがブルブル震えているのがわかる。

 私は顔を引きつらせる。

 チュートリアル開始まで誘導するのが由紀の役目。ついでに初っ端に殺されてなんかヤバいことになったぞと思わせるのも由紀の役目。

 その役目を負ってる由紀が――この私が家の中に入っていないのだ。ゲームはまったく進まない。

 そんなわけで――。


 ――由紀、俺だよ。達樹だよ。

 ――伯母さんの家にいるんだけどちょっと困ったことになっちゃってさ。

 ――ちょっと来てくれよ。

 ――鍵は開いてるから勝手に玄関から入ってきて。


 なんてメッセージが次々と私のスマホに届き出した。達樹のスマホは取り上げてあるのに、だ。

 ゲーム内では中盤から発生する怪奇現象だ。


 この家に憑りついて怪奇現象を起こしているのは孤独死したという達樹の伯母さん。

 十代の頃から祖父母の介護、仕事中の事故で寝たきりになった父親の介護、年老いた母親の介護と家と家族に縛られ続けた人生だった。友達と遊ぶ時間も勉強する時間もなく、大学進学をあきらめ、夜間のパートを掛け持ちし、結婚どころか恋すら経験のないまま年老い、母親が死んでようやく自由な時間が持てると思った矢先に病死してしまった。

 そんなわけで怨霊になった彼女の行動原理は家や家族から自由になりたいという気持ち。すでに死んでいる祖父や父親、母親の介護にいまだに囚われて自分の代わりに介護をしてくれる人を探し求めている。


 チュートリアル誘導要員の由紀は伯母さんにとっては介護をしてくれる身代わり要員。だからサクッと殺されて怨霊の仲間入りをさせられてしまうし――。


 ――由紀、俺だよ。達樹だよ。

 ――どうしても由紀に助けてほしいんだ。

 ――鍵は開いてるから玄関から入ってきてよ。


 達樹のスマホを怪奇現象パワーで操作して私のスマホにめっちゃラブコールしてくるのだ。


「まぁ、こんなこともあろうかと達樹のスマホを確保しておいたんだけどね」


 なんて言いながら私は達樹のスマホを操作してメッセージを送った。

 誰に?


 ――七奈、俺だよ。達樹だよ。

 ――伯母さんの家にいるんだけどちょっと困ったことになっちゃってさ。

 ――ちょっと来てくれよ。

 ――鍵は開いてるから勝手に玄関から入ってきて。


 ヒロインの七奈ちゃんにである。


 ――どうしたの?

 ――すぐ行くから待っててね、達樹!


 ヒロインで幼馴染の七奈ちゃんは達樹くん大好きチョロインでもある。きっとすぐにでも飛んでくることだろう。

 さて、七奈ちゃんが来てくれるのを待つあいだにもういくつか自分の身の安全を確保するためにやっておくべきことがある。私は再び達樹のスマホを操作し始めた。


 怨霊になった伯母さんの行動原理は家や家族から自由になりたいという気持ち。

 それを叶えるためにやったことの一つが介護身代わり要員を確保すること。そしてもう一つが家族への積年の恨みを晴らすこと。家族への愛憎入り混じる感情でがんじがらめになってしまった自分の心を解き放つこと。

 彼女の弟と妹――つまり達樹の伯父と達樹の母親は彼女のことを高卒、まともに職に就いた経験もない、行き遅れと嘲笑い、見下していた。介護や家事に追われる姉を手伝うでもなく、両親と姉に大学までの学費を出してもらったのに感謝するでもなく、就職してからも資金的援助すらせず。それどころか我が子に――彼女の甥っ子や姪っ子たちに〝ああはなるなよ〟と笑いながら言っていたのである。


 ゲームでは達樹のスマホを怪奇現象パワーで操作し、弟と妹を家に呼び出してなぶり殺そうとする。ゲーム中盤から発生するイベントだ。二人が家に入ってしまう前に七奈と連携して止めるのがゲームの流れだけど――。


 ――伯父さん、俺だよ。達樹だよ。

 ――伯母さんの家にいるんだけどちょっと困ったことになっちゃってさ。

 ――ちょっと来てほしいんだ。

 ――鍵は開いてるから勝手に玄関から入ってきてよ。


 ――母さん、俺だよ。達樹だよ。

 ――伯母さんの家にいるんだけどちょっと困ったことになっちゃってさ。

 ――ちょっと来てほしいんだ。

 ――鍵は開いてるから勝手に玄関から入ってきてよ。


 二人をなぶり殺し、積年の恨みを晴らし、がんじがらめになっていた彼女の心が解き放たれて無事に成仏されれば怪奇現象自体が解決。私の身の安全は確かなものとなるのである。


「んで、達樹のスマホから私の連絡先を削除してー」


 達樹のスマホから怪奇現象パワーで私のスマホに送られてきていたラブコールがピタリと止んだ。よしよし、とうなずいて玄関前にスマホを立てかけておく。

 と――。


「達樹ー! どこー!」


 ヒロイン・七奈ちゃんの声が近付いてきた。物影に隠れて事の成り行きを見守る。


「達樹のスマホ? どうしてこんなところに……」


 玄関前に立てかけておいたスマホをまんまと手に取る七奈ちゃん。


「どうしよう、開かないぞ! なんだよ、これ! どうしよう、開かないぞ! なんだよ、これ! どうしよう、開かないぞ! なんだよ、これ!」


「達樹! 待ってて、今開けるから!」


 ガタガタと引き戸を揺らして同じセリフを繰り返し続けていた達樹に気が付いて七奈ちゃんはガラッと引き戸を開けて家の中へと入った。

 瞬間――。


 ピシャーーーン!


 すごい勢いで引き戸が勝手に閉まった。


「どうしよう、開かないぞ! なんだよ、これ!」


「古い家だし建て付けが悪いのかもよ。他に出れるところがないか探してみよう」


 七奈ちゃんのセリフとガタガタと引き戸を揺らす音がピタリと止まるのを聞いて私は真顔でガッツポーズ。ありがとう、七奈ちゃん。そのセリフ、由紀である私が言う予定だったセリフです。

 そんなこんなで無事にチュートリアル誘導要員と介護身代わり要員は七奈ちゃんにお任せし、私の身の安全をまた一歩確保。


「あら、兄さん」


「なんだ、お前も達樹に呼び出されたのか」


 ピシャーーーン!


 てな感じで達樹の伯父さんと達樹の母親にして怨霊な彼女の弟と妹も家に閉じ込められたのを物陰から確認。私の身の安全をまたまた一歩確保し――。


「ふぅ~、危機一髪! 危うくチュートリアルで死ぬところだった!」


 初っ端から殺されちゃう死にヒロインな運命を回避し、胸糞連中の始末にも貢献し、清々しい気持ちで額を拭ってタクシー会社に電話した。

 この家、最寄り駅まで結構、距離があるのだ。相当に距離があるのだ。達樹の車も、七奈ちゃんの車も、達樹のお母さんの車も、達樹の伯父さんの車も鍵はそれぞれが持ってて家の中。


「スマホといっしょに車の鍵も達樹から奪っておけばよかったー」


 なんて反省しているうちにタクシーがやってきて乗り込んだ。


「最寄り駅までお願いしまーす」


 なんて言った瞬間――。


 ピシャーーーン!


 すごい勢いで車のドアが閉まった。


「お客さん、もしかして……二作目はやってないクチですか?」


 目を丸くしていると運転手さんが笑いを含んだ声で尋ねた。ポカンと言葉の意味を考えていた私だったけどハッとした。

 〝囚われの家〟には二作目がある。続編が出ている。

 そのタイトルが確か――。


「〝囚われの車〟……」


 うろ覚えなタイトルをつぶやいて私は頭を抱えた。

 二作目なんてやってるわけがない。だって、ホラーが大嫌いなのだ。達樹の声優が変更になったのだ。

 それなのに――。


「推しの声が聞けないのに二作目なんて……ホラーゲームなんてやるわけないだろー!」


「それじゃあ、出発しますねー!」


「出発するなーーー!!!」


 ギャン泣きする私をよそにタクシーは走り出し、ゲームは始まった。

 多分、きっと、恐らく……始まった。

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ホラーゲームのチュートリアルで死ぬヒロインに転生しちゃったけど前世のゲーム知識使って全力回避しようと思います。 夕藤さわな @sawana

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