青年よ、夜を行け
磧沙木 希信
青年よ、夜を行け
日付が変わろうとしている時間。
暗闇の中、一心不乱に自転車を漕ぐ青年がいた。
(なぜ、俺は何度も同じ失敗を繰り返すんだ)
時間を気にしながらも漕ぎ続ける。
(確かに俺の責任だ。確実なプランもあったんだ。でもいけると思ったんだよ)
心の中で叫ぶ。
流行っているから。そんな軽い気持ちで手を出したのが、そもそもの間違いだった。もっとよく下調べをしておくべきだった。
予想外の事があったんだ。本当に知らなかったんだ。
それに気づいた時の事を思い出す。
心臓が冷たくなり手足が痺れた。
でも、どうする事も出来なかった。
間に合わないかもしれない、そう思いながら家を飛び出し、カゴにブツを入れ自転車に飛び乗った。
(結局あいつらの言う通りになったじゃないか)
急いで出たので家の鍵を掛け忘れたかもしれない。
でも確認に戻るわけにはいかない。間に合わなくなってしまう。
息を整えるために一度止まる。
(別に明日にしてもいい。何食わぬ顔で行って金を払えばいい、それで済む)
時間を確認する。まだ大丈夫だ。きっと間に合う。
自分に言い聞かせながら、もう一度漕ぎ始める。
汗だくになりながらも漕ぎ続ける。
上り坂になってきた。
少しでも速くなるように立ち漕ぎに変え、ジグザクに上る。
肺に空気を入れるため口で大きく息する。
すると今度は頭に酸素が足りないのか、クラクラするようになってきた。
坂道を上り切った時には何も考える事が出来なくなっていた。
大きく息を吸い込み、また自転車を漕ぎ続ける。
ふと、父親が言っていた事を思い出す。
「お前は計画性がなさすぎる。いつか痛い目をみるぞ」
(ああ、その通りだよ。俺には計画性の欠片もねえよ)
「あんたは話を最後まで聞かない悪いクセがあるからねぇ。変なのに騙されないといいけど」
母親にはそんな事を言われた。実際そのクセでこんな状況になっている。
今回は特に無茶だった。友達に聞いても「無謀だ。その倍はかかる」と言われるだろう。
「本当に大丈夫ですか? ちょっと厳しいと思いますけど……」
心配そうに聞いてくるあいつの言う通りになった。けど俺はムキになり我を通した。
「大丈夫です。これでいいです」
もっとよく確認するべきだった。
時間を戻せるなら戻したい。
どのくらい漕ぎ続けただろうか、やっと目的地に着いた。
深夜、真っ暗闇の中誘蛾灯のごとく光を放っている建物。
息を切らしながらカゴに入っていた物を取り出し、自転車から飛び降りる。
建物に入る。時計が目に入った。
良し。ギリギリ大丈夫だ。
ブツを投げつける様に叩きつけた。
「急いでくれ。時間がねぇんだ」
「はい。少々お待ちください」
それを受け取って事務的に対応する店員。その態度にひどく腹が立ったが、俺にはどうする事も出来ない。
袋から取り出し傷が無いか確認している。
それを祈る様に見つめる。
今度は機械を取り出し「それ」にかざした。
ピッ
聞きなれた電子音が響いた。
「はい。大丈夫です。いつもご利用いただきありがとうございます」
「延滞金は? 」
「発生してないですね」
「はぁ~」
気が抜けてその場に腰を下す。
「だから、一泊二日では厳しい、って言おうとしたんですよ」
顔見知りの店員が声を掛けてきた。
「だって、インド映画がこんなに長いって知らなかったんだよ」
(なんだよ三時間越えって。普通は二時間ぐらいだろ)
借りた当日は忙しくて見れなかった。次の日の夜、つまり今日の夜に飯でも食いながら見ようと思っていた。
それが間違いだった。
俺の計画は完璧だった。映画を見終わっても余裕があるはずだったんだ。
その計画が狂いだしたのは、映画を見始めて一時間ぐらい過ぎた頃だった。
(あれ、これ終わんの?)
全然終わる気配が無かった。
それからの内容はあまり覚えていない。
はっきり言って内容より、返却時間が迫っている事の方がドキドキした。
「早送りして見たら良かったじゃないですか。今の若い子はタイパ、なんて言って倍速で見る子がいるんですよ」
タイパ。タイムパフォーマンスの略で日本語では「時間対効果」と言う。
つまり時間をかけたわりに満足度が低いから、倍速して見る時間を短くして満足度を高くする、と言う考えである。
「そんなの映画好きがやる事じゃねぇ。それじゃ”見た”じゃなくて”知ってる”になっちまう」
汗だくで床に座ったままカッコイイ風に説教する。
「そうですか……」
呆れた顔で生返事を返して、仕事に戻る店員。
取り合えず立ち上がる。汗を袖で拭き息を整える。
さて。
「せっかく来たんだ。何か借りていくか」
青年よ、夜を行け 磧沙木 希信 @sekisakikisin
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